各地の水族館で展示され、高い人気を誇る水生生物「スナメリ」。
意外にも私たちの生活地に近い、身近な海にすんでいる生物です。船に乗る機会が多い方の中には、「野生のスナメリを目撃したことがあるよ!」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
スナメリとは?
スナメリはクジラ目ネズミイルカ科スナメリ属に属する小型のイルカです。
大きさは体長1.5~2メートル、体重50~60キロ程度と、ちょうど人間と同じぐらい。普通のイルカのような背びれやくちばしがありません。
頭部はつるんと丸みを帯び、全身は滑らかな流線型のフォルム。水族館の水槽では白にも見える、明るいグレーの体色をしています。
スナメリは愛嬌ある表情がかわいい!
現在、国内では6つの水族館に展示されているスナメリ。私がスナメリを初めて見たのは三重県の鳥羽水族館です。
まず魅了されたのは丸顔につぶらな瞳で、微笑んでいるように見える顔の愛らしさ。
さらに、大きな水槽の中を悠々としなやかに泳ぐ姿に目を奪われました。優雅な美しさに「人魚」という言葉が自然と頭に浮かんできます。
三重県に伝わる人魚の目撃情報
古来から日本には各地に人魚の目撃情報があります。
鎌倉時代の説話集「古今著聞集」の中にある、平忠盛(平清盛の父)に人魚を献上した伊勢国別保(現在の三重県津市河芸町)の漁師の話もそのひとつです。
あるとき、伊勢湾で漁をする漁師の網に、頭が人に似て、体は魚の形をした3頭の「人魚」らしきものがかかります。忠盛に献上されたものの、忠盛は気味悪がって受け取らなかったので、漁師が切り分けて食べたら味はよかった、というのがおおまかなストーリー。
人魚の特徴は、「頭は人、歯は魚、口は猿の如く、涙を流しおめく声、人の如き人魚」だったと記されています。
人魚の正体はスナメリ?
人魚の正体といえば、ジュゴンやマナティーという説がよく知られています。しかし、マナティーは日本には生息していないし、ジュゴンの生息域は沖縄沿岸です(本州まで迷い込んできた可能性はありますが)。
日本各地で古くから目撃されてきた人魚は、ジュゴンやマナティーでなく、アザラシやアシカ、イルカ、リュウグウノツカイ、オオサンショウウオなどを見間違えたものではないかという説があります。
となると、「古今著聞集」に出てくる人魚の正体は、スナメリなのかも? と思うのです。
国内のスナメリの生息地は、仙台湾や東京湾、伊勢湾、三河湾、瀬戸内海、大村湾、有明海など。岸に近い、水深50メートルまでの浅い海域にすんでいるため、伊勢湾で漁をする網にかかったとしても、不思議ではありません。
また、前述したように、大きさが人間に近く、普通のイルカのように口の先端が長くないため、イルカに比べれば、まだ人間に近いシルエットに見えるのではないでしょうか。
さらに、深海魚であるリュウグウノツカイは群れを作らないうえ、滅多に発見されることがない魚です。3匹同時に同じ網で捕獲されたとは考えにくいでしょう。
一方でスナメリは1~3頭の小さな群れを作ることが多く、3頭同時に捕獲されたという話に合致します。味は分かりませんが、クジラの一種なのだから、普通に食べられそうですよね。
ただスナメリは声を出しませんので、「古今著聞集」に出てくる人魚と、スナメリの特徴は全てが合致しているというわけでなく、本当のところはわかりません。
この伊勢湾の人魚の正体、皆さんはなんだったと思いますか?
(サカナトライター:長月あき)
参考文献
「新潮日本古典集成 古今著聞集(下)」校注者:西尾光一・小林保治、出版:株式会社新潮社