水族館に展示されているパネルというと、デジタルできちんと作られて印刷されたものや、LEDライトにより暗闇で文字が白く光っているものなどを想像するかと思います。
こうしたパネルは展示や空間演出の邪魔をせず、うまく空間に溶け込むため重宝されます。しかし、そういったパネルを用意できない水族館もあります。
そのような水族館では、スタッフの愛がこもった「手書きパネル」がよく見られます。元水族館スタッフである筆者も、例に漏れず手書きパネルを多用していました。
そんな水族館における手書きパネルの魅力を、私の経験を元にご紹介します。
手書きパネルのメリットは何より安いこと!
手書きパネルのメリットですが、まず何より安く済みます。
市販のA4コピー用紙や画用紙を、同じく市販のラミネート加工機でラミネートにすれば、それでほぼ完成です。
大きな水族館や都市型水族館では、業者にパネル作成を委託しているケースが多く、それ故に景観に溶け込んだオシャレなパネルが多数あります。一方で、当然ながらこうした手の込んだパネルはお金がかかります。
しかし、上記のようなパネルを用意できない小さな水族館は、手書きで作られたパネルを展示しています。
手作り感が人目を引く
加えて、手書きパネルや手書きのポップというのは、実は人目を引きます。
皆さんもスーパーなどで「にんじん特価!〇〇円!」などと書かれた手書きポップを見たことがあると思います。
こうしたポップはどういうわけか、デジタル作成で印刷されたポップや値札よりも目につきやすいのです。
これは水族館でも同じことが言えます。手書きパネルは書き手の気持ちや思い、温かみが感じられるのです。
来館者からすると、飼育員の話を直接聞いているようにも感じられるのではないでしょうか。
手書きパネルは来館者との距離感が近く、飼育員の愛を感じやすいのです。
テクニックは「見出し文で興味を引け!」
そんな手書きパネルにも、様々なテクニックがあります。
下記写真は私が実際に作成した手書きパネル。私はパネルを書く際、「見出し文」を意識しています。
こちらは野生のメダカが減ってしまっているという旨のパネルです。普通こうしたパネルを作る際、見出し文は「野生のメダカが減っている!?」といった内容になることが多いと思います。
しかし、多くの来館者はパネルの細部までしっかり読んでくれません。わかりやすい見出し文だけ見て、あとは読み飛ばす、もしくは流し読みで記憶にも残りません。
ただでさえ人混みが多く、立っていて疲れている来館者は文字がズラッと並んだパネルの細部まで読む余裕などないのです。
見出し文を「野生のメダカが減っている!」にしてしまうと、そこだけ読んで具体的な野生メダカ事情は知らないまま終わってしまいます。
それでは意味がないと思い、私はこのパネルの見出しを「ごめんなさい!」にしました。これだけではなぜこのパネルで謝っているかわからないので、来館者は無意識に「なんだろう?」と文章に目を引かれます。
さらに続く文に「この子達はお店で買ったメダカです……」とすぐにオチ(答え)を持ってきました。続けて、「野生メダカが減っているため、市販で買うしかない」と本当に伝えたい「野生メダカが減っている」というメッセージを書きました。
見出し文で興味を引き、能動的に読み始めたらもうこっちのもの。なんとなく流し見で受動的に見るパネルではなく、お客さま自ら能動的に読むようなパネルにすれば、自ずと伝えたいことも伝えられるのです。
イラストは下手でもいい
手書きパネルを書く時、なるべくイラストも付けてわかりやすくしています。イラストを描く際のポイントは「下手でもいい」ということです。
私自身は絵を描くのは得意なほうですが、あえて絵を下手っぽく描いたり、シュールにしたりすることもあります。実は絵は下手でもお客さまの目を引くのです。スタッフが一生懸命描いて伝えようとしたイラストは、シュールでコミカルで、でも愛が籠っていてウケが良いのです。
私が水族館に勤務していた際には、わざと魚を下手に描き「上手く描けません……水槽に本物がいるから探してみて!」と記載した手書きパネルを掲示したことがありました。現にそのパネルは非常にウケが良く、お客さまは一心不乱にその魚を探していました。
もちろん絵が綺麗なパネルもとても人気がありますが、お金が無くても絵心がなくても、いいパネルは作れるのです。
手書きパネルの最高峰
ここまで主に私の経験を元に手書きパネルの魅力を伝えてきましたが、日本各地の水族館でも手書きパネルをたくさん展示している水族館はあります。
私がそのうちの最高峰だと思う水族館は、愛知県蒲郡市にある竹島水族館です。
手書きパネルが非常に魅力的なことで有名な水族館で、お客さまが口を揃えて「ついついパネルを読みすぎてしまった」と言うほどパネルが読まれています。
竹島水族館さんの小林館長は、手書きパネルを作る際のテクニックをいくつか挙げており、そのうちのひとつに「図鑑に書かれていることは書かない」というものがあります。
図鑑から引用した情報ではなく、飼育員さん自ら観察して気づいた点や推しポイント、はたまたその魚の味のことまで書いてあります。
図鑑に載っていることは図鑑を読めばいいし、今の時代はすぐにネット等で調べられます。その水族館で毎日生きものを見ているスタッフさんだからこそ伝えられる情報があるはずなのです。
小林館長は「ほとんどのお客さまは最初から生き物に特別な興味を持って来館しているわけではない」といいます。まずそのスタートラインに立ってもらうところから始めないと、どれだけ生き物の情報を載せても興味は持たれません。お客さまからすれば、赤い魚はみんな金魚かタイ、小さな魚はみんなメダカに見えてもおかしくないのです。
そんなお客さまに、ついつい生き物に興味を持ってしまう手書きパネルを展示をするのが竹島水族館さんの素晴らしさです。
手書きパネル以外にもたくさんの魅力がありますが、これはぜひ実際に訪れて感じてみていただきたいです。
また、竹島水族館さんが手書きパネルを使い始めた理由や、今日に至るまでの紆余曲折を小林館長自ら記した『驚愕!竹島水族館ドタバタ復活記』(小林龍二、風媒社)というノンフィクション本があります。
この本を読んだ上で竹島水族館さんを訪れれば、さらに楽しめると思います。手書きパネルをはじめ他にも魅力が詰まった竹島水族館さん、ぜひ訪れてみてくださいね。
展示はちゃんと見てもらってこそ
たかが手書きの安物パネルですが、そんなパネルにすら水族館飼育員がこだわるのは、一重にちゃんと展示を見てもらいたいからに尽きます。
自分の伝えたいことだけを書いてパネルにしても、ただの自己満足で終わってしまいます。どれだけ有益な情報が書かれたパネルであっても、読まれなければ展示してないのと同じです。
いかにしてパネルを読んでもらうか、生きものたちに興味を持ってもらえるか……。
まずはそこを徹底的に突き詰めていかなければ、その先にある生きものの生態や環境問題などが伝わりません。少しでも生きものに興味を持ってもらう、そのためのテクニックのひとつがまさにこの手書きパネルなのです。
皆さんも各地の水族館を訪れた際は、ぜひ手書きパネルに注目してみてください。そこにはスタッフさんたちによる、並々ならぬ想いが綴られているはずです。
(サカナトライター:みのり)