フタイロハナスズキはハタ科・ハナスズキ属の魚で、日本と台湾、そしてインドネシアから記録があるだけの珍しい種です。非常に稀少な魚で、日本国内での確実な記録は3例しかないとされます。
そんな珍しい魚が我が家の食卓にあがることになったのです。今回はこのフタイロハナスズキの観察と、実際に食べてみた感想をレポートします。
【画像】稀少な魚<フタイロハナスズキ>の刺身は皮をあぶると絶品!
早起きは三文の徳 Xの画像にフタイロハナスズキを発見
2024年6月18日のこと。
この日は仕事はお休みながら朝早く起きたので、適当にSNSを見ていた筆者。そんな中、長崎の「魚喰民族」さんのX(旧Twitter)の写真で、赤とオレンジ色の美しい、珍しい魚であるフタイロハナスズキが長崎魚市場に上がっているではありませんか!
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もちろん、すぐに電話を入れてフタイロハナスズキを確保したのでした。確保に成功した私はもう朝から喜色満面。まさに早起きは三文の徳、いや三文どころではありません。
その後は少しばかり冷静になり、長崎からのトラックが事故を起こさないよう祈りながら到着をまっていたのでした。
珍しいフタイロハナスズキ
今回、無事に我が家にやって来たフタイロハナスズキLiopropoma dorsoluteum Kon, Yoshino and Sakurai, 1999は、ハタ科ハナスズキ属の大変に珍しい魚で、日本では確実な記録は伊豆半島、八重山諸島、そして鹿児島県桜島近海の3例しかない希少種です。
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ただし、愛媛県などから写真のみに基く記録があり、ダイバーの話では桜島の水深50メートル程の場所でも見られるといいます。
もちろんこの種は私も写真でしか見たことがなく、そんな魚が「ついに自分の手にのっている!」と興奮を抑えられませんでした。
ハナスズキ属とは
ハナスズキ属(Genus Liopropoma)は、ハタ科ハナスズキ属に含まれる魚類のいちグループです。
特徴としては背鰭棘が8棘で11~14軟条であることや、体側の鱗は弱い櫛鱗で覆われること、歯は絨毛状で犬歯状歯がないこと、側線が完全であること、主上顎骨下縁に下方に向かう突起をもつことなどの特徴があります。
なお、ハナスズキ属に近縁な属としてRainfordia属およびBathyanthias属というものがいます。前者はオーストラリア沿岸、後者は大西洋に生息しており、前者は観賞魚の世界でも知られていますが、頭部が平たいことでハナスズキ属と見分けられます。
なお、このハナスズキ属はルリハタやヤミスズキなどに近縁とする(その場合Liopropomidaeという別科とする)意見もありますが、皮膚から毒を出したりすることはないようです。
トゲハナスズキとの違い
フタイロハナスズキは「トゲハナスズキ」Liopropoma japonicum(Doderlein,1883)と呼ばれる種とよく似ています。
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かつて発行されていた『IOP Diving News (伊豆海洋公園通信)』には、伊豆半島で撮影されたきわめて貴重なフタイロハナスズキの水中写真が掲載されています。
しかしながら、「フタイロハナスズキ」という標準和名も学名もなかった時代であり、この個体についても「トゲハナスズキ」として掲載されていました。その後1999年にようやく、八重山諸島で漁獲された2個体をもとに新種として記載されました。
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トゲハナスズキはフタイロハナスズキとは斑紋で見分けることができます。トゲハナスズキの体側に縦帯があるのですが、その縦帯から上方向に突き出すように横帯が入っているので容易に見分けられます。
なお、トゲハナスズキは生時(釣りあげてすぐのとき)は腹部などが白っぽくなっており、この縦帯と横帯も明瞭であることが多いのですが、陸に揚げてからしばらくすると赤みを帯びるので、見分けにくいかもしれません。
アクアリウムにおけるハナスズキ属
ハナスズキ属の魚のうち、小型の種はいくつか観賞魚として流通しています。しかしながらこの属の魚は主に深い岩礁に生息するため、採集は命がけであり、実際に落命した採集者もいるといいます。
それゆえ高額な種ばかりであり、キャンディバスレットと呼ばれる、西大西洋産の小型美種はなかなか販売されることはなく、もし流通しても10数万円と高額になってしまいます(もともと西大西洋産の魚はいずれもそれなりに高価ですが)。
コスジハナスズキやヨコヤマハナスズキなどの種は比較的浅い海に住む種で、はじめてハナスズキの仲間を飼うのであれば比較的安価なこれらの種がおすすめです。
しかしながら現在ではサンゴ水槽が主流であり、これらの種は明るい環境だと日焼けしてしまうこともあるといいます。
大型種は極めて高価になることも
一方で大型種については、漁法は釣りに頼るしかなく、釣りあげても元気なまま持ち帰るのは非常に難しいため、比較的大型になるトゲハナスズキやツルグエといった種は観賞魚として出回ることはめったになく、もし流通しても10数~数十万円と極めて高価です。
ちなみにフタイロハナスズキについても、一度だけ漁獲され、水槽内で写真が撮影されたことがあります。その個体は日本産ではなく、インドネシアのジャワ島、バニュワンギで地元の釣り漁師により獲られたものです。ほか、海外では台湾からの記録があります。
フタイロハナスズキをじっくり観察
めったに見られない希少種を手に取ってじっくり観察してみました。
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シルエットはスジアラ属の幼魚であるとか、ヤマブキハタのそれとよく似ているように思います。
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特徴的なのは尾鰭の色彩で、トゲハナスズキの尾鰭は上縁と下縁が白くなりますが、フタイロハナスズキでは上縁と下縁がとくに白っぽくなっているようには見えず、尾鰭後縁が黒くなっていました。
これはトゲハナスズキと異なる特徴です。
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眼の色も特徴的です。眼の大部分の色は体色の赤色とほぼ同じで、眼の上方だけが鮮やかな黄色になっており、この種が生息している深い海ではこの部分が光っているのかもしれません。
この場合、獲物を誘うというよりは仲間同士でのコミュニケーションに使っているものと思われます。
なお、この個体は釣りにより急激に海面まで揚げられたためか、眼のなかに気泡が入ってしまっています。
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ハタ科ではありますが、先述のように上顎・下顎はいずれも歯帯状になっており、犬歯状の歯はみあたりません。ですが、動物食性で小魚や甲殻類などを捕食するものと考えられます。
フタイロハナスズキをおいしく食べる
ハナスズキ属の魚はあまり食用にされていませんが、『沖縄さかな図鑑』ではベニスズキを食用にする記述があるなど、実は美味しい魚でもあります。
筆者は2014年にトゲハナスズキをはじめて入手し、刺身で食べましたが非常に美味しかったので、またハナスズキ属の魚を食べてみたいと思っていたのでした。
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そして久しぶりに入手したハナスズキ属の魚がこのフタイロハナスズキで、今回ももちろん美味しくいただくことにしました。
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上記写真の右側が普通にお刺身にしたもの、そして左側が皮の部分を炙ったものになります。
刺身にしても美味しかったのですが、やはりハタ科の魚である本種は、皮下にうまみがあり、皮を残して炙ったものをポン酢で食べたら絶品でした。
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フタイロハナスズキの入手は難しいかもしれませんが、トゲハナスズキなどは釣ることもできるようなので、もし機会があればぜひ食べてみてほしいと思います。
私自身も、もっとハナスズキ属の魚を手にとり観察して、美味しく食べたいと思っています。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献と謝辞
今回のフタイロハナスズキは、長崎市 マルホウ水産 石田拓治さんより入手いたしました。また画像の提供も受けました。ありがとうございました。
Kon T., T. Yoshino, and Y. Sakurai (1999). Liopropoma dorsoluteum sp. nov., a new serranid fish from Okinawa, Japan. Ichthyol. Res., 46: 67?71.
中村潤平・本村浩之(2019)、鹿児島湾から得られたハタ科魚類の稀種
フタイロハナスズキLiopropoma dorsoluteum の記録.Mem. Fac. Fish. Kagoshima Univ., Vol. 68, 19~23.
瀬能 宏(1991)、トゲハナスズキLiopropoma japonicum.伊豆海洋公園通信、2 (7): 1.
下瀬 環(2021)、沖縄さかな図鑑、沖縄タイムス社
Reef Builders https://reefbuilders.com/2021/01/14/liopropoma-dorsoluteum/
Fishbase(Mirror) https://www.fishbase.de/
稀少な魚<フタイロハナスズキ>の刺身
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