「深海魚」とは、読んで字の如く深海に生息する魚のことであり、私たちとは縁遠い存在のように感じてしまいます。しかし、深海魚たちは人知れず浅い海に姿を現しているのです。
この記事では浅瀬で見られる深海魚を紹介します。
日没と日出で分布する深度を変える<日周鉛直移動>とは
水中の生物たちの中には一日のうち日没と日出で分布する深度を変える習性を持つものがいます。これは日周鉛直移動(にっしゅうえんちょくいどう)と呼ばれ、主に索餌や捕食者から回避するために行われています。
特に遊泳性のある深海魚では、夜間に深海から浅海へ日周鉛直移動することが知れており、ハダカイワシ科の魚やキュウリエソがその代表例です。
ハダカイワシ科の魚は定置網やサクラエビ漁などでごく普通に漁獲され、時には大量に漁獲されることがあります。主に見かけるのはハダカイワシ、サガミハダカ、センハダカ、イワハダカが多いですが、稀にオオクチイワシなどの大型ハダカイワシ科魚類が漁獲されることもあります。
また、ハダカイワシ科の魚は港内に迷い込んでくる場合もあり、運が良ければ元気に泳いでいる姿を観察することができます。他にもホテイエソ科の魚も日周鉛直移動を行うことが知られており、ごく浅い場所から採集されることもあります。
日周鉛直移動ではなく、産卵・繁殖の目的で浅瀬へ姿を現す深海魚もいます。
高級練り物の原料として知られるタウエガジ科のナガヅカ(ワラヅカ)は主に300メートル以浅に生息する魚ですが、産卵期になると浅場へ移動することが知られています。北海道ではこの時期に刺し網で本種を狙った漁業が行われます。なお、ナガヅカの卵巣には毒があるため取り除かれて流通します。
打ち上げられる深海魚
浅瀬へやってきた深海魚の中には、そのまま海岸へ打ち上げられていまう個体もしばしばいます。日周鉛直移動を行う深海魚の中でも、ハダカイワシ科の魚は海岸に打ち上げられる深海魚の代表です。
特に冬季は水温や風向きが関係しているのか、夏と比較してよく打ち上がります。他にもムネエソ科の魚やフウライカマスなどは打ち上げられることが知られています。
生きた状態のチョウチンアンコウが打ち上がったことも
1967年2月、鎌倉の由比が浜に生きた状態のチョウチンアンコウが打ち上がりました。この個体は発見者により江ノ島水族館へ持ち込まれた後、数日間ですが飼育されたようです。
当時得られた標本は液浸標本で展示されており、今でもその姿を見ることができます。なお、1967年に発見されて以来、相模湾で打ち上がったチョウチンアンコウの記録はありません。
海洋生物を深層から表層へと運ぶ「湧昇流」
湧昇流(ゆうしょうりゅう)とは季節風により引き起こされる流れであり、海水と一緒に様々な海洋生物を深層から表層へと運びます。
浅海に出現する深海魚はこの流れに乗ってくるものもおり、ミズウオ科のミズウオはその代表的な例です。駿河湾のように比較的沿岸から近い場所に深場がある湾は、湧昇流に乗ってくる深海魚を浅瀬で観察することができます。
実際に静岡県の三保海岸では冬季から春季にかけてミズウオやハダカイワシ科、ハダカエソ科などの深海魚が頻繁に打ち上がります。ミズウオは肉食性でフグでもなんでも食べてしまうことから、胃袋の中から様々な物が見つかり、非常に珍しい生物が見つかることもあります。
また、ミズウオの胃袋の中からはプラスチックゴミも見つかっています。海洋ゴミが深海魚にまで及んでいることは、その問題の大きさをよく表していると思います。
深海魚の出現と地震には因果関係は無い
日周鉛直移動や湧昇流によって、深海魚たち人知れず浅瀬へやってきています。
時には、膨大な数の深海魚が我々の生活圏に出現し人々を驚かせます。
2012年には隠岐で、数十万はいるであろう大量のキュウリエソが打ち上がりました。キュウリエソ自体は珍しい魚ではなく、資源量は多い深海魚です。海岸に複数個体打ちあがることも珍しくはありませんが、このように大量に打ち上がることは稀です。
2014年には高知県室戸市で、大量のホテイエソ科のホテイエソが定置網に入りました。ホテイエソも同じく浅海に出現する深海魚ではありますが、そもそも漁獲されること自体が稀であり、ここまで大量に入網することは非常珍しいと言ってよいでしょう。
2019年には二宮の定置網に大量のシャチブリが入網し、小田原港で水揚げされました。小田原沖には沿岸からすぐの場所に深海があり、刺し網や定置網で深海魚が漁獲されることが度々あります。
珍しい魚のイメージがあるリュウグウノツカイも、近年では日本各地で散発的に目撃されています。浅瀬に出現した深海魚たちはテレビやネットを賑わせます。特にリュウグウノツカイなんかは見た目が奇抜であることに加えて知名度が高いことから、メディアに取り上げられることも多いです。
深海魚が浅瀬に出現すると「地震の前触れだ」と一部の人から騒がれます。確かに海の中で何が起こっているのは事実ですが、深海魚の出現と地震には因果関係はありません。
また、近年ではこういった珍魚・深海魚の出現が多く感じることがありますが、これはSNS等のネットワークが発達した為であり、手頃に情報の共有・拡散が行われるからだと考えられます。
このように深海魚たちは私たちのすぐそばに姿を現しています。もしかすると近所の海岸にも深海魚がやってきているかもしれません。
(サカナト編集部)