過去に海とつながったことのない海洋島では、地上に巣を作る海鳥が繁殖し、海から陸へ多くの物質を運ぶ役割を担っています。
中でも、海鳥が陸へ運ぶ「窒素」は肥料の三大栄養素の1つに数えられ、植物の生育に欠かせない存在です。一方、原生自然において、海から陸へ運ばれた窒素がどのように陸で循環しているのか調査されていなかったといいます。
そのような中、小笠原自然文化研究所などの研究グループは、原生自然を維持する海洋島で海鳥が海から陸へ運ぶ窒素とその循環、海鳥絶滅後の窒素の消失について明らかにしました。
この研究成果は「Oecologia」に掲載されています(論文タイトル:The distinctive material cycle associated with seabirds and land crabs on a pristineoceanic island: a case study of Minamiiwoto, Ogasawara Islands, subtropical Japan)。
海鳥が住まう海洋島
世界自然遺産に登録された小笠原諸島は、過去に陸とつながったことがない海洋島です。
海洋島にはキツネやイタチなどの捕食者がいないことから、地上に巣を作る海鳥が高密度で繁殖。海鳥は排泄物などにより海から陸へ様々な物質を運搬しています。
海鳥が運ぶ主要な物質の中に窒素がありますが、これは肥料の三大栄養素の1つ数えられ、植物の生育に欠かせない要素です。

しかし、本来数多く海鳥がいた海洋島も、人間の移住とともに侵入した外来生物により世界各地で海鳥が絶滅。これは単に海鳥がいなくなるだけではなく、生態系で海鳥が担う機能を失う意味も表しています。
海鳥が陸にもたらす窒素の循環を解明
このような状況の中、最近は小笠原諸島でも生態系保全の活動を実施。外来種対策が進められ、海鳥の繁殖地も回復しつつあるといいます。
一方、原生自然におけては、海から陸へ運ばれた窒素がどのように循環しているのかこれまでに調査が行われていません。そのため、保全の目標となる状態が具体化されていないほか、陸に運ばれた窒素が海鳥の絶滅後、どのくらいで減少するのかも不明でした。

そこで、小笠原自然文化研究所、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、東京都立大学、神奈川県立生命の星・地球博物館、自然環境研究センターの研究グループは、小笠原諸島で原生自然を維持する島において、海鳥が陸にもたらす窒素の循環と、海鳥絶滅後の窒素の消失について調査、研究を実施しました。
海由来の窒素が生態系の中を循環していると判明
まず、この研究では、小笠原諸島で原生自然が残されている南硫黄島を対象に、海由来の窒素が明らかにされています。
生態系を作る主要な要素である植物、食植性昆虫、それを捕食する動物、動物の死体を分解するハエや甲殻類、海鳥などのサンプルが採集され、それぞれに含まれる窒素安定同位体比の分析が行われました。
窒素安定同位体比とは14Nに対する15Nの比率(窒素には重さの異なる同位体14Nと15Nがある)で、15Nは食べる・食べられるを通じて濃縮されることから、窒素安定同位体比は生態系上位の生物ほど高くなるといいます。

分析の結果、南硫黄島では窒素安定同位体比が高く、海由来の窒素が生態系の中を循環していることが判明。
島に広く分布するカクレイワガニが海鳥の死体を食べて分解することにより、窒素が生態系の中に拡散されていたのです。
海鳥絶滅後の窒素循環
この研究では海鳥がいなくなって50年以上経過した北硫黄島、150年以上経過した父島・母島でも同様の分析し南硫黄島との比較が行われています。
分析と比較の結果、海鳥が陸に運んだ窒素は絶滅後50年程度であれば地上で循環し、大きく失われないことが判明しました。しかし、150年も経つと海由来の窒素が大きく減少しており、土壌の流出が原因と考えられています。

また、北硫黄島、父島、母島でも、昆虫やトケゲ、陸鳥の窒素安定同位体比が似た状態になっていたようです。
これは外来種のネズミなどの影響で生物多様性が減少した結果、食物資源が貧弱になり似たようなものしか食べられなくなっているためと考えられています。
生態系保全への貢献に期待
今回の研究は、原生自然を維持する島で窒素がどのように循環するのか明らかにし、窒素が時間の経過とともにどう減少するのか世界で初めて明らかにしました。
また、研究により生態系保全の目標となる状態が示されたほか、陸生カニの生態系における機能も明らかになっています。
これらの研究成果は今後、小笠原諸島の生態系保全に貢献してくでしょう。
(サカナト編集部)