水族館に行くとき、皆さんはどんなところを楽しみにしていますか? 大きな水槽を悠々と泳ぐサカナたちでしょうか、それとも愛嬌たっぷりの海獣たちのパフォーマンスでしょうか。
そんな王道の見どころのさらに奥に広がる“裏世界”を案内してくれるのが、なんかの菌さんの新作『水族館飼育員のただならぬ裏側案内』(なんかの菌(2025)、集英社インターナショナル)です。
著者・なんかの菌さんは異色の経歴
著者は1983年、長野県生まれ。美術史を学んだのち、水族館の採用試験で「物好きな館長」に採用され、海水魚の飼育員を経て社会教育を担当したという異色の経歴を持ち、現在は生きものをテーマにした漫画やイラストを手がけています。
前作『水族館飼育員のキッカイな日常』(なんかの菌[2023]、さくら舎)では、元飼育員としての体験をコミカルな4コマ漫画とイラスト・エッセイで綴り、飼育員をいわば“生きもの”のようにとらえながら、その日常や仕事の面白さを軽やかに伝えました。

今作でもスタイルはそのままに、さらに視野を広げ「海の中へようこそ」「魅惑の淡水世界」「海獣のくらし」「STAFF ONLYの向こう側」の4章構成で、水族館の海水・淡水の生きもの、海獣、バックヤードを探検するように案内します。
設備や仕組み、生きものの知られざる習性、スタッフの奮闘までが俯瞰的に描かれ、普段は目にできない裏側もあわせた水族館の全体像を鮮やかに浮かび上がらせます。
「そんなところまで?」という細かすぎる視点の数々
「そんなところまで!?」と思わず声が出るような細かすぎる視点の数々も、本作の大きな魅力です。
様々な水槽の形状や掃除の仕方、注目されにくい小さな展示水槽に込められた工夫や想い、館の歴史を映す標本、給餌やその仕込み、さらには職員のユニフォームまで──思いもよらない細部が次々と描かれます。
けれどマニアックすぎず、「なるほど」とうなずく解説のすぐ後に、4コマ漫画やパロディ小ネタが飛び出して思わず笑ってしまう。その“学びと笑いのリズム”が心地よく、気づけば夢中でページをめくってしまう一冊です。

なかでも膝を打ったのが、水族館における干支展の開催難易度を勝手にランキング化したコラム。
辰(例:タツノオトシゴ)や巳(例:ヘビ、細長いサカナ)は上位に、一方で最下位は「未(ヒツジ)」。……確かにこれは難題です。そんな裏側の苦労を、軽妙に気付かせてくれる一篇でした。
水族館の細部まで愛おしくなるガイドブック
そして終盤で描かれるのは“人”の物語。飼育員だけでなく、教育や広報、営業に携わる職員まで、多彩な人びとの力が折り重なって水族館は成り立っていることがわかります。
中でも、やはり飼育員の姿は、作者自身の思い入れも強いのでしょう。前作同様、ここに差しかかると一気にドライブがかかるのがわかります。
生きものはもちろん、それぞれの仕事をまっとうする職員たちも、水族館を支える水槽や巨大な配管といった設備までも、この本を読み終えるころには愛おしく感じられるはずです。
『水族館飼育員のただならぬ裏側案内』は、前作の個人記から一歩踏み出し、水族館全体を見渡すガイドブックへと進化。かゆいところはもちろん、かゆくないところまで手が届く細やかな視点とユーモアで、水族館の“裏世界”を楽しくのぞかせてくれます。
可愛い・癒されるにとどまらない水族館の魅力に触れ、「久しぶりに行ってみようかな」と思わせてくれる、多くの人に薦めたい一冊です。
(サカナト編集部)