荷物の中の「あれ」
職場から家に戻り、メールボックスを開けると、宅配便の不在連絡票が入っていた。冷凍品と書いてある。ひょっとすると、「あれ」だなと思い、さっそく不在連絡票に書かれていたケータイの番号に電話をした。
しばらくしてとどいた荷物の差出人は、はたしていつも「あれ」を送ってくれる人物の名前。段ボール箱を開ける。ラップでくるまれた、短冊型に切られたソデイカがいくつか入っている。同じく、ラップでくるまれた大きな肉の塊はメカジキだ。
そして、「あれ」も一つ入っている。長さ20センチを超える、赤黒い色をした塊。メバチの胃袋だ。
荷物の送り主は、かつて僕が勤務していた私立中高一貫校の卒業生のポン(むろん、あだ名)で、彼が中1のときの理科の担当が僕だった。ポンは中学生の時から魚好きを公言していたが、高校卒業後、小笠原に渡って漁師になった。
そして時折、僕のもとへとメバチの胃袋と、それのつきあわせとしてイカやカジキの肉を送ってくれるようになったのだ。
「解剖とかやってみたい」
僕の職業は理科教師だ。もともとは、埼玉の私立学校で教員をしていたのだが、2000年にその学校を退職し、沖縄に移住。今は那覇の小さな私立大学で、小学校の教員を志望する学生たちに理科教育の方法を教えている。
沖縄でしばしば見かけるムスジコショウダイ(撮影:盛口満)ちなみに、小学校の教員を志望している学生というのは、子供たちが大好きだけれど、特に理科が好きなわけではない…というより、男女おしなべて虫ギライな学生が多かったりする。そんな学生たちを対象に、「虫キライでもいいけど、子供は虫が好きだったりするから、少しは虫との付き合い方をしろうね」などと言う毎日を過ごしている。
僕の担当する選択授業の一つは、学生たちの要望をききながら授業内容を決めている。ある日のこと「次の授業、何をやろうか?」という話になった。
「解剖とかやってみたい」…女子学生の一人、ミラがそんなこと言う。
「ああ、冷凍庫にテンが入っているから、それ、やるか」
沖縄には、野生の哺乳類があまりいない。そこで、本土で理科教員をしている知人に、交通事故にあった動物の死体があったら、送ってほしいと頼んでいたら、しばらく前にテンの死体が送られてきた。さっそく、その死体の出番か。
「そういうんじゃなくて、魚とかの」…再び、ミラが言う。
そういうことか。それなら、市場に行って、丸ごとの魚を買って、観察、解剖、料理をしよう…そんな話がまとまった。
翌週の授業は那覇・泊にある市場に集合。市場内をぐるぐるまわって、まださばかれていない魚を買って帰ることにした。一軒の店で、リュウキュウヒメジ、アイゴ、ムスジコショウダイ、それにハタの仲間、3種が盛られたトレイを買い入れ、もう一軒の店でヒブダイを買って大学に戻った。
市場で購入したハタ類(撮影:盛口満)学生は魚の鱗を落としたことが無かったりするから、鱗落としからして、「一大」イベント的な騒ぎになる。なんとか、一通り鱗を落として、次は内臓をぬく作業に。
理科の授業的には、ここが一番のポイントだ。胃袋の中に、何が入っているかを観察するのだ。残念ながら、胃袋の中に正体がわかるものが入っていたのはリュウキュウヒメジだけだった。ヒメジの胃袋の中からは、ばらばらになった、小さなカニが出てきた。
解剖をリクエストしたミラはと言うと、「魚の目、取り出していい?」と言うと、喜々として目玉をピンセットでいじりだしていた(魚の本体は、この後、料理して食べた)。受講生の一人、ユウアは、普段、包丁を持つこともないと言う。
ヒブダイの鱗を落とす様子(撮影:盛口 満)ずいぶん前の話だけれど、学生の一人と話をしていたら、鰹節が木の皮だと思っていたこともあった。鰹節が木の皮と思っていても、包丁を握ったことがなくても、魚の鱗を落とせなくても、暮らしていくうえでは、何の問題も起きないのが都市化された社会だ。
でも、本当にそれでいいのかという疑問符が、頭の隅に浮かぶ。それで、こんな授業をしている。
胃袋は宝物
別の選択授業。しらすの中に混じった異物…イカやタコの赤ちゃんや、カタクチイワシ以外の稚魚…の観察や、煮干しの解剖に取り組んでもらう。その授業の最後に取り出したのが、ポンに送ってもらったメバチの胃袋だ。
メバチの胃袋(撮影:盛口満)トレイに胃袋を置き、ハサミを入れる。徳利型をした胃袋を切り開くと、釣り上げられたメバチの「最後の晩餐」の内容が明らかになる。
「うわーっ」「なんかにおう」
そんな声が聞こえる中、胃内容の塊をほぐしていく。イカが丸ごと入っている。細長い魚が折りたたまれて入っている。伸ばしてみると80cm以上もある魚と、60cm以上ある魚だ。半分消化されていて、頭のあたりはぐずぐずになっているけれど、肉食性らしい、鋭い歯が見える。タチウオの仲間のようだ。
これも消化されて種類がはっきりしないけれど、深海魚のハダカイワシの仲間も塊の中から顔を出す。体が極端に平たい深海魚のトガリムネエソも入っている。これまた、鋭い歯を持つ深海魚で、結構珍しい、ムナビレハダカエソも出てきた。半ばどろどろの魚たちだけれど、僕が興奮しながらより分けていることもあって、学生たちも引き込まれるように見ている。
メバチの胃袋の中身。細長いの:ムナビレハダカエソ 左:トガリムネエソ 右:ハダカイワシ類(撮影:盛口満)以前、メバチの胃袋を解剖していたら、見ていた学生が「食物連鎖だ」と声をあげた。教科書にでてくる説明を読むより、メバチの胃袋の中身を見た方が、食物連鎖を実感できると、その時思った。そして何より、その食物連鎖の中に、僕たち人間がいるのだということも実感できると。僕たちは深海魚を食べて生きる魚を食べて暮らしていたりするのだ。
この文章を書いている日の朝、目覚めたときに思い出したのが昨晩見ていた夢。以前勤めていた私立学校で、授業内容をどうしようかと悩んでいる夢だった。
僕の職業は理科教師だ。そんな僕にとって、ポンから送られてくる胃袋は何よりもの宝物だ。

もりぐち・みつる●1962年、千葉県生まれ。通称ゲッチョ。千葉大学理学部生物学科卒業後、1985年より埼玉県飯能市にある自由の森学園中学校・高等学校理科教員として生物を担当。2000年、同校を退職し沖縄へ移住。NPO法人珊瑚舎スコーレの講師をへて、現在は沖縄大学教授。 著書に『くらべた・しらべた ひみつのゴキブリ図鑑』(岩崎書店)、『昆虫の描き方 自然観察の技法II』(東京大学出版会)、『人とくらす街の虫発見記―ゲッチョ先生の街の虫コレクション』(少年写真新聞社)ほか多数。