日本に生息するイワナは、分布域や見た目の違いから、ヤマトイワナ、エゾイワナ、ニッコウイワナ、ゴギの四種の亜種に分類されます。
イワナの学名 Salvelinus leucomaenis は、ギリシャ語で「白い(leuko)」「斑点のある(meanis)」を意味し、白色の斑点を持つイワナの特徴を表しています。
【画像】神秘の魚・イワナと人との関わりに迫るドキュメンタリー映画
しかし、この四亜種のうちヤマトイワナは唯一、白色の斑点を持たずに、朱色の斑点を持つ特徴を有しています。
ヤマトイワナは、本州中部から西部にかけての太平洋側の河川、さらにその中でも標高の高い源流域に生息しており、別名“キリクチ”としても知られています。
「氷河の生き残り」と呼ばれるイワナ
イワナは太古から姿を変えずに存在する渓流魚です。
かつて氷河期に北方から日本へ降ってきたイワナは、氷河期後の気温の上昇とともに、冷水を求めて高地の上流へ登り、その地で取り残されるように生きてきました。
そのため、他の水系の個体群との遺伝的な交流がなく、それぞれの河川において、独自の進化を遂げてきました。その結果、独特の朱色の斑点を持つヤマトイワナが誕生したのです。
ヤマトイワナ(提供:PhotoAC)1万年前の氷河期、といわれても、それがどのくらい前のことなのか、正直うまく想像することができません。
しかし、私たち人間の想像に及ばない、長大な時間の中で、ヤマトイワナは姿を変えることなく、高地の源流にひっそりと生きつづけてきたことを考えると、畏敬の念を抱かないわけにはいきません。
姿を消しつつあるヤマトイワナ
しかし、近年、朱色の斑点を持つヤマトイワナの姿が見られなくなるかもしれない、という危機が迫っています。
それは、ニッコウイワナの放流により、遺伝的撹乱が引き起こされているためです。白色の斑点を持つニッコウイワナとの交雑により、朱色の斑点のみを持つ純粋なヤマトイワナの姿が消えつつあるのです。
ニッコウイワナ(提供:PhotoAC)放流による遺伝的撹乱や生態系バランスの崩壊について、多くの議論がなされているのは、魚好きの皆さんなら、すでにご存知かもしれません。
ヤマトイワナの事例をはじめ、絶滅の危機に直面している渓流魚は、他にもたくさんいます。この問題に対して、環境保全や正確なモニタリングが効果的とされています。
しかし、どれだけ効果的な策が講じられたとしても、かつて漁や釣りが盛んだったように、魚と人間の関係が、より規則に縛られたシビアなものになってしまったことに変わりはありません。
魚が私たちの生活からさらに離れていってしまうというのは、やはり悲しいことではないでしょうか。
(サカナトライター:山本敬太)
参考文献
森田健太郎(2026) 、サケマス物語——魚の放流を問い直す、筑摩書房、ちくま新書
佐藤成史(2024)、岩魚曼荼羅 神秘のイワナ図鑑、つり人社