日本列島に広く分布する淡水性の小型の甲殻類「サワガニ」。
サワガニの仲間は直接発生(プランクトン幼生を経ず仔ガニで生まれる)と呼ばれる発生様式を持つことから、分散能力が低いと考えられており、種内で遺伝的な分化をしている可能性が指摘されていました。
また、サワガニは地域によって体色が異なることが知られており、これらが種内の遺伝的な違い、または種としての違いを反映しているのか以前から研究者の関心を引いていたといいます。
こうした中、摂南大学と和歌山県立自然博物館を中心とした研究グループは、サワガニについて次世代シーケンサーを用いた遺伝解析を実施。サワガニの遺伝的集団構造を明らかにしました。
この研究成果は『Scientific Reports』に掲載されています(論文タイトル:Genetic population structure of Japanese freshwater crab, Geothelphusa dehaani species complex using genome wide SNPs )。
身近だけど謎の多い水生生物<サワガニ>
北海道から鹿児島県のトカラ列島までの日本列島に広く分布するサワガニは、古くから身近な水生生物として親しまれてきました。

一方、サワガニは謎の多い水生生物としても知られており、その一つに種内で遺伝的な分化をしているという指摘があります。
サワガニの仲間では、プランクトン幼生を経ずに仔ガニとして生まれる「直接発生」と呼ばれる発生様式を持つことから、分散能力が低いと考えられてきたのです。
実際、近年発表された遺伝学的な研究ではサワガニが10集団に細分化されたほか、形態学的研究においては天草諸島と青森県のそれぞれから新種が記載されています。
サワガニの体色
遺伝的な分化が指摘されているサワガニは、地域によって体色が異なることも知られています。

体色の異なるサワガニはそれぞれ茶色型(DA型)、赤色型(RE型)、青色型(BL型)の3タイプに分けられており、これらが種内の遺伝的な違い、または種としての違いを反映してるのかどうか、研究者の関心を引いていたようです。
しかし、サワガニの分布範囲を網羅したサンプリングおよび次世代シーケンサーを用いたゲノム解析に取り組んだ研究はこれまでなく、詳細な遺伝的集団構造と体色タイプの関係性は謎に包まれていました。
217地点から標本を収集
こうした中、摂南大学農学部応用生物科学科の國島大河と和歌山県立自然博物館の高田賢人を中心とした研究グループは、サワガニについて次世代シーケンサーを用いた遺伝解析を実施。詳しいサワガニの遺伝的集団構造を明らかにしました。
研究ではサワガニ種群の網羅的な遺伝的集団構造の解明および体色タイプの地域性の検証を目的に、日本列島の217地点から近縁種を含む計504個体の標本を収集。これらの標本について体色の識別と分子系統学的解析が行われています。
体色の5つのタイプに分類
今回の研究ではまず、標本の生鮮写真の撮影を行い、先行研究により体色を5つのタイプ(茶色型、赤色型、青色型、天草型、その他)に分類されています。

さらに、これまでに調べられたミトコンドリアDNAのCOI領域に加え、MIGG-seqと呼ばれる手法を使い、ゲノム内の一塩基多型(SNPs)を多数取得および遺伝的集団構造の調査が行われました。
また、検出された集団の分岐順を調べるため、ABC解析と呼ばれる手法も実施。これらの結果を照らし合わせることにより、体色の地理的なパターンと遺伝構造が一致するのかどうか検証が行われました。
地理的境界を持つ5集団に細分化
SNPsに基づいた集団構造を調べた結果では、サワガニが明瞭な地理的境界を持つ5つの集団(SHI集団:四国南部、紀伊半島南東部、HO集団:北海道、青森県~鳥取県の本州、四国北西部、nKC集団:九州北部、島根県以西の中国地方、cK集団:九州中南部、sKK集団:鹿児島県南部とその周辺島しょ域、房総半島~伊豆半島の沿岸部)に分けられています。
また、そのほとんどが島を跨いだ分布や飛び地状の分布を持つことがわかったのです。

先行研究では島ごとに分化した10集団に細分化された一方、今回の研究結果はサワガニ種群が思いの外、分化していないことを示したのです。
加えて、今回見出された集団の境界周辺は島の形成や火山活動などの影響を受けた場所と一致していることから、複合的な要因が現在の複雑な分布パターンを形成したと推察されています。
1
2