東京都新宿区にあるサカナに特化した本屋・SAKANA BOOKSは12月13日、サケをテーマにしたトークイベント「クリス鱒(マス)2025」を開催しました。

ゲストは、岩手県の川を舞台にサケたちの生態を10年に渡り追いかけた写真絵本『ふるさとの川をめざす サケの旅』(文一総合出版)著者・いきもの写真家の平井佑之介(ひらい・ゆうのすけ)さんと、「鮭の町」で知られる新潟県村上など各地で取材を続ける編集プロダクションRIVER-WALK代表・サケ愛好家の若林輝(わかばやし・てる)さん。

12月の開催でありクリスマスが近いこと、そして秋から冬にかけて産卵期をむかえる仲間も多いサケ・マス(サケ科魚類)を言葉遊びでかけて「クリス鱒」と題した本イベント。今年は、サケ(シロザケ)に縁の深いお二方によるお話を伺いました。
迫力あるサケたちの写真展
建物に入ってまず目に飛び込んでくるのは、大迫力のサケたちの姿。特設写真展会場にもなっており、平井さんの著書に使用された写真が飾られた店内は、まるで川のなかのようです。

サケたちが泳ぐ水中の世界観に引き込まれ、トークイベントへの期待も高まります。
サケの気持ちで岩手の川へ
「サケの気持ちになってみる ―サケばず語る、鮭の魅力」と題した平井佑之介さんのお話では、大学で動物行動学を学び、写真を通して「今を生きる」いきものたちの姿を伝える平井さんの視点から、サケたちの魅力が語られました。

国内外での野生動物撮影経験も豊富な平井さん。生きものを撮影することをライフワークとするなかで、東日本大震災が発生。
現地の様子を知りたかったこと、幼少期図鑑で知ったサケの産卵行動に興味があったこと、そして岩手県内のダイビングショップさんでサケを間近に観察できるサーモンスイムツアーが開催されていたことが重なり、絵本の舞台にもなった岩手県の河川をフィールドとしてサケを撮影するように。
今年で通い始めて11年目になるといいます。

「サケのオスとメス、どちらかわかりますか?」「このメスは何をしているところでしょう?」など質問を交えたお話では、貴重な自然下での生態や産卵シーンを動画でも紹介。
印象的だったのは、会場に響く「ジャッ ジャッ」という音。メスのサケが川底の砂利や石をヒレを使って掘る音です。会場の参加者はその姿に釘付けでした。
「変化も感じている」
普段使用している水中用のカメラやドライスーツを見せながら、実際に感じたサケたちの警戒心の強さについて、また冷たい川に入りながら、サケの気持ちになって彼らを待つ撮影時のエピソードもお話いただきました。

そしてサケたちの生態を10年以上に渡り追いかけるなか、変化も感じているという平井さん。
冷たい水を好むサケたちは、温暖化の影響などで海水温が上がったことや放流事業が減少していることなど様々な要因により、川に遡上する数が年々減少しているということです。今年のサケの遡上も少なく、以前は撮影できた川でも、今日ではサケが見られないことがあるそう。
絵本には貴重なサケの姿を伝える記録としての側面もあることがわかります。

写真や文章を通して、いきものを好きになってほしいという平井さん。サケとその土地の方々、自然環境、動植物たちへ平井さんが抱く敬意や愛情を感じるトークとなりました。
サケとの記憶を次世代につたえる
次に、もうお一方のゲスト若林さんとのミニ対談コーナーが急遽設けられました。
前半のトークを受けて、絵本には平井さんの優しさがつまっていると感じたという若林さん。サケを撮影した写真には、荒々しいものや自然の厳しさを表現した作品もあるなか、明るい印象の写真を選ばれていることが絵本のひとつの特徴だと感じたといいます。

その理由について平井さんは、サケが近年減ってしまったという側面もあるなかで、サケの物語を暗いものにするのではなく、彼らが生きる姿を伝えたいと語ります。
サケたちが生きている今の時代に、自分が生きていることが奇跡的なタイミングであること。そして写真を通して生きものを好きになってもらいたいという気持ちがあり、サケをはじめとした生きものたちが輝いている姿を撮りたいと話しました。

また平井さんが岩手県に通いはじめた2014年は、震災年前後に川で生まれて海に下ったサケが、産卵のためにちょうど戻ってきたというタイミング。当時の印象を聞かれた平井さんは、サケはもちろん、人との出会いが大きかったといいます。
当時ダイビングショップの方から、震災の時に生まれたサケが今年戻ってきているかもしれない、そしてそのことは、地元の方へのエールにもなるということを伝えられました。
地元の方へ、サケのこと、その土地の生き物のことを伝えたい──その想いが原動力や軸としてあるので、ぶれないで続けられたと語ります。

サケには個性や表情がある
水中撮影時のエピソードについても話題が広がります。自身もドライスーツで川に潜り魚を撮影することもあるという若林さん。水中でみるサケは特に、擬人化されるほど個性や表情があると話します。
平井さんも同様に感じており、最近はサケに話しかけながら、目をみながら撮影しているそう。サケにその想いがつたわっているかどうかは、「自分が撮影した作品がサケからのアンサーです」と語りました。

サケの遡上が減っているなか、昔は内陸の盛岡の方まで、川が魚影で真っ黒になるまでサケがのぼってきていたということを現地の方に伺う機会があるという平井さん。サケとの記憶が、過去形になってしまっていることも感じるそう。
そのなかで、ここにサケがいたんだよということをメッセージとして残し、その土地のサケとのことを次世代につたえる機会がなくならないようにしたいとも語りました。