タテジマキンチャクダイは日本のサンゴ礁域をはじめ、インド太平洋の熱帯域に広く生息するキンチャクダイ科の普通種です。
一般的には観賞魚として親しまれている魚ですが、沖縄や熱帯太平洋域では食用にもされます。筆者も以前タテジマキンチャクダイを食べる機会がありました。
熱帯のサンゴ礁にすむタテジマキンチャクダイ
タテジマキンチャクダイ Pomacanthus imperator(Bloch,1787)はスズキ目キンチャクダイ科サザナミヤッコ属に属する海水魚です。
日本では茨城県以南の本州~九州太平洋岸などで見られ、北限は青森県の三沢市とされています。しかし、基本的には熱帯のサンゴ礁に見られる種です。
英語名・学名については、いずれも「皇帝のキンチャクダイ」という意味になります。
仏語”Poisson ange impérial”も同様です。ドイツ語でも”Imperator-Kaiserfisch”ということで大体同じ意味ですが、ドイツ語でキンチャクダイ科をさす”Kaiserfisch”というもの自体が、日本語に直訳すれば「皇帝魚」という意味です。
皇帝魚たちの中の皇帝といえる、高貴な魚です。
親と子で色彩は大違いのタテジマキンチャクダイ
タテジマキンチャクダイは水族館のみならず、ホームアクアリウムにおいてもよく飼育されている魚です。本種の特徴としてとてもよく知られているのは、その色彩と斑紋です。
幼魚と成魚では斑紋が大きく異なっており、幼魚は全体的に青い体。それに白い縞模様が入るといういでたちですが、成長するにつれて体側に黄色い縦縞が現れるようになります。
幼魚は体側の模様から、アクアリストやダイバーの間では「うずまき」と呼称されます。
タテジマキンチャクダイと似ている魚であるサザナミヤッコと比べて、体側後方の白い帯が強いカーブを描きリング状になるのが特徴なので、見分けは難しくはないでしょう。
地域により異なる特徴をもつ
タテジマキンチャクダイは幼魚と成魚で色彩が異なるほか、おなじ成魚であっても、生息する地域によって若干異なる特徴があります。
タテジマキンチャクダイはインド~太平洋域に広く分布していますが、太平洋産の個体ではほとんどの地域で背鰭軟条がわずかに伸びるのに対し、インド洋産のものでは伸びないことで識別できるとされます。
また紅海には尾鰭が鮮やかなオレンジ色になるものがいるようで、愛好家はこれを「レッドテールエンペラー」などと呼称することもあるとか。しかし幼魚ではほとんど差はみられないようです。
もし日本を含む太平洋のものと、インド洋のものが別種とされるようなことが今後あるとしても、ホロタイプ(完模式標本)の産地が日本であるので、日本を含む太平洋産のものは”Pomacanthus imperator”のままとなり、インド洋産のほうが新種記載される、または従来”Pomacanthus imperator”の同物異名(ジュニアシノニム)とされて消えた学名のうちのいずれかが復活することになりそうです。
そもそも魚の「縦縞」と「横縞」とは?
タテジマキンチャクダイの成魚を見て「きれいな横縞」と思った皆さん、もしくは「横縞だから“ヨコジマ”キンチャクダイでは?」と思った皆さん、残念ながらそれは誤りです。
タテジマキンチャクダイの体側の模様は、標準和名にもあるように「縦縞(縦帯)」というのが正しいのです。
というのも、魚の「縦縞」と「横縞」については魚の頭を上にしてみるという決まりがあるからです。
つまり、魚の頭から尾にかけて入る縞(帯)模様を「縦縞(縦帯)」といい、魚の背中からお腹にかけて入る縞模様を「横縞(横帯)」といいます。
上の写真では、左のタテジマキンチャクダイのような模様を「縦縞」といい、右のヒレナガハギのような模様を「横縞」といいます。
キンチャクダイ科の魚は美味しい
「キンチャクダイ科の魚」といえば、水族館やダイバー、アクアリストとの関係が強い魚というイメージがあるのですが、実は食用になるものもいます。
とりわけタテジマキンチャクダイと同じサザナミヤッコ属のサザナミヤッコやロクセンヤッコといった種は、「かーさー」や「なんばんかーさー」と呼ばれ、沖縄の市場でも見ることができるほか、近年は鹿児島県本土で獲れたものの水揚げもあります。
上記写真のサザナミヤッコも、鹿児島県本土で漁獲されたものを購入したもので、肉の量も多く美味でした。
サザナミヤッコ属のほかには、アクアリウムの世界で俗に「中型ヤッコ」と呼ばれる種も食用になります。これはシテンヤッコ属・ニシキヤッコ属・タテジマヤッコ属の魚のほか、キンチャクダイ属の魚も指しますが、キンチャクダイ属の魚は筆者も残念ながらいまだに食したことはありません。
シテンヤッコの刺身は美味しかったのですが、ニシキヤッコなどはにおいが若干気になるものもありました。
タテジマキンチャクダイを入手して食する
筆者にとって、タテジマキンチャクダイはいつか食してみたいあこがれの魚でしたが、数年前についにそれが叶いました。
2020年、四国へ行った際に海水魚採集のベテランの方が、タテジマキンチャクダイを捕獲していました。しかし、やや深いところから採集したために1匹は死んでしまいました。それを譲ってもらい食することにしたのです。
このタテジマキンチャクダイを入手した時はキャンプ場に宿泊しており、バンガローを借りていたので、そのベランダで捌きました。内臓は臭ったものの、内臓以外はまったく臭みはありませんでした。
身には甘さと旨味があり、非常に美味しいものだったのです。もっとも、これは死亡して時間があまり経過していなかったというのもあるかも知れません。
また、2022年には沖縄からもタテジマキンチャクダイが届きました。沖縄の漁師さんに突き漁で採集してもらったものです。
この時の個体は鮮度が落ちており、お刺身にはできず。煮つけにして食べましたが、これも美味しいものでした。
ただ、やはり内臓は臭くなりがちですので、内臓のある部分は大きくそぐようにしたほうがよいでしょう。
サンゴ礁の魚を食する際の注意点
キンチャクダイ科の魚は主にサンゴ礁に生息しています。
この科の魚は動物プランクトンを中心に捕食するタテジマヤッコ属の魚もいますが、多くの種が甲殻類のほか、カイメン類や藻類、サンゴなどを捕食しています。
しかしサンゴなどを餌として捕食するタイプの魚は時として内臓に毒を有していたり、消化管の内容物で家畜が中毒死するなどの事例もあるので注意しなければなりません。
今回のタテジマキンチャクダイも内臓は取り除き、身だけを食するようにしました。
もしキンチャクダイ科の魚を食する機会があったとしても、その内臓を食するのはやめたほうがよいでしょう。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
具志堅宗弘(1972)、原色 沖縄の魚、琉球水産協会
橋本芳郎(1977)、魚介類の毒、学会出版センター
檜山義夫・安田富士郎(1972)中部西南太平洋有用有毒魚類図鑑、講談社
石黒智大・三澤 遼(2024)青森県三沢沿岸から得られた北限記録のタテジマキンチャクダイ、Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 42: 34–37.
益田 一・ジェラルドRアレン(1987)、世界の海水魚 ≪太平洋・インド洋編≫、山と渓谷社
中坊徹次編(2013)日本産魚類検索 全種の同定 第三版、東海大学出版会
野口玉雄(1996)フグはなぜ毒をもつのか 海洋生物の不思議、日本放送出版協会
下瀬 環(2021)、沖縄さかな図鑑、沖縄タイムス社