魚は繁殖期になると色彩が変化することがあり、これを婚姻色と呼びます。
一般的に婚姻色はメスへのアピールのためオスが派手な色を呈しますが、学術誌「iScience」で先日公表された論文「Inconspicuous breeding coloration to conceal eggs during mouthbrooding in male cardinalfish」では、クロホシイシモチのオスで下顎の色彩が地味になることが判明しました。
クロホシイシモチとは
クロホシイシモチはスズキ目テンジクダイ科に属する小型魚です。
本種は温帯から熱帯の浅海に生息し、主に沿岸の岩礁域で群れを作って暮らしています。堤防の釣りでは定番のゲストで、昼夜問わず数釣りを狙うことができるターゲットです。
釣り人からするとありふれた魚ですが、オスが卵を口内保育する興味深い生態を持ちます。
クロホシイシモチと似ているネンブツダイとの違い
クロホシイシモチは堤防で見られる一般的な魚でありながら知名度は低く、釣りをする人でも本種を知らない人は少なくありません。
これはクロホシイシモチを含むテンジクダイ科の魚は種類が多いことに加え、同属ではよく似た色彩をしていることから区別が難しいためです。
クロホシイシモチが属するスジイシモチ属ではネンブツダイが最も知名度が高く、他のスジイシモチ属魚類もネンブツダイと一緒くたにされています。
クロホシイシモチは後頭部に1対の黒斑を持つ
特にクロホシイシモチとネンブツダイは、同所でみられることから混同が多い2種です。しかし、クロホシイシモチはネンブツダイと異なり、後頭部に1対の黒斑を持つことから容易に区別することができます。
クロホシイシモチの婚姻色
先述の通り、クロホシイシモチはオスが卵をあるステージまで口内保育する「マウスブリーダー」です。これにより卵はオスの口内で保護される一方、オスは卵の色が透けてしまい捕食者から見つかりやすいというリスクが生じます。
これまでオスがこの不利益に対してどのように対処しているのか不明でしたが、東京大学大気海洋研究所海洋生命科学部門の神田真司准教授らの研究グループは口内保育を行うオスにおいて下顎の色が変化することを発見しました。
透明→白色に 目立たない婚姻色?
観察の結果、クロホシイシモチのメスまたは幼少期では下顎は透明なのに対し、口内保育を行うオスでは下顎が白く着色されることが判明。人為的にクロホシイシモチの口内に卵を入れた観察では、白くなったオスの下顎は口内の卵を目立たせない働きがあることが判ったのです。
また、この色彩は婚姻色の定義に当てはまっており、多くの種ではオスからメスへのアピールのため派手な色を呈するところ、クロホシイシモチでは「卵を保護する目立たない婚姻色」を呈することが明らかになりました。
身近な魚にも未知がある
このように身近な魚から新たな現象が発見されたということは、身近な生物にもまだ謎があることを示唆しています。
フィールドでいつも見る普通種も未知の現象、生態があるかもしれません。
(サカナト編集部)