アカニシガイという貝からは、紫色の染料が採れます。「貝紫」と呼ばれる染料は、古代の権力者から大変重宝されたそうです。
アカニシガイから採れる貝紫は、世界の歴史に影響を与えたとも言われているのです。
アカニシガイとは
アカニシガイはおよそ全長10~20センチ。大人の握りこぶしくらいの大きさで、存在感のある巻貝です。
貝殻の入り口が赤みを帯びているため、アカニシガイという名前が付けられました。はるか原始の時代から人々に食べられてきた食用の貝です。

普段は水深30メートル程度の砂底に生息しています。潮干狩りで採れることもあり、子どもたちにも人気です。
しかし、アサリやカキにとっては天敵とされ、避けられる存在でもあります。
権力者を動かした「貝紫」とは
貝紫とは、アカニシガイをはじめとしたアッキガイ科の巻貝から取れる染料のこと。内臓から出る分泌液が染料になります。分泌液は、取り出した際は黄色ですが、日光に当てると紫色に変わります。
1匹の貝から取れる染料はごくわずか。1000個以上の貝を集めて、やっと1グラムの染料が手に入ります。例えば、SサイズのTシャツを一枚染めたい場合、約15グラムの染料が必要になるため、1万5000個以上もの貝を集めなければいけません。
かつて、大量の貝紫を入手できるのは、権力や富を有する人だけだったのです。

それにしても、貝を染色に利用する発想はどのように生まれたのでしょうか。想像するに、食用として捌いている際、分泌液が衣服を染めたのではないかと考えます。
しかし、染まった衣服を見て染色のアイデアが閃いたとしても、実用化には途方もない労力が必要だったはず……。権力を示す象徴として、貝紫を用いる決断をした行動力には驚くばかりです。
貝紫が世界に与えた影響
多くの権力者が力を示すために貝紫を利用しました。
マケドニア王国を築き上げたアレキサンダー大王は、高価な貝紫で染め上げた衣装を「帝王紫」として愛用。古代エジプトの女王クレオパトラは、ローマ帝国の将軍アントニウスの心をつかむため、自身の船の帆をすべて貝紫で染め上げたといいます。
さらに、紫色は心を落ち着かせ、ホルモンバランスを整える効果があるとも言われています。
そのため、古代の西洋では、貝紫には特別な力があると信じられていました。貝紫で染められた衣類は特権階級のみが身につけるものとされ、一般市民の着用を固く禁じる統治者も現れたほどです。
しかし、乱獲のためか原料の貝が減少し、貝紫による染色は現在ではあまり行われていません。
アカニシガイが人々を動かした
10数センチのアカニシガイは、原始時代から生きており、多くの人々を動かす原因になってきました。
権力者の目の付け所や、力を示すためのアイディアには目を見張るばかりです。壮大な目標を行動に移せる人こそが、歴史に名を残していくのでしょうか。
これからも、私たちを驚かせ、考えさせられる生きものたちに、深く注目していきたいと思います。
(サカナトライター:Miyuki)