地球温暖化に起因した海水温上昇や海洋熱波が世界各地で報告されており、日本近海においても沿岸水温の高温化が進行しています。この環境変化は生物に深刻な影響を与えつつあるようです。
特にシロザケ(サケ)の稚魚では、河川から海洋への移動直後の生残率が急激に低下している可能性が指摘されており、原因の一つとして外的環境の変化に対応した生理的・免疫的応答の失調が疑われています。
魚の健康などに重要な役割を果たすものとして「腸内フローラ」が知られているものの、これまでサケ類における腸内フローラの研究は限られていました。そうした中、東京大学大気海洋研究所 濵﨑教授とGhosh博士らの研究グループはシロザケ稚魚における腸内フローラを調査。その動態を明らかにしました。
この研究成果は『Current Research in Microbial Sciences』に掲載されています(論文タイトル:Shifting seas and first feeds: gut microbiome dynamics in juvenile chum salmon (Oncorhynchus keta) and their climate vulnerability)。
地球温暖化とシロザケ
地球温暖化による海水温の上昇や海洋熱波の頻発が世界各地で報告されており、日本近年においても温暖化が影響した水温の高温化が進んでいます。
サケ(提供:PhotoAC)こういった環境変化は生物たちに深刻な影響を与えることも少なくありません。
特に水産上重要な資源である回遊魚シロザケ(サケ)Oncorhynchus keta の稚魚では近年、河川から海洋への移行直後の生残率が急激に低下している可能性が指摘されています。
その原因の1つとして疑われているのが、外的環境の変化に対する生理的・免疫的応答の失調です。
人間だけじゃない! 魚の健康・発育にも重要な「腸内フローラ」
魚の健康・発育において重要な役割を果たしているという「腸内フローラ(腸内微生物叢)」。これは腸内に定着している多種多様な微生物から成る集まりです。
腸内フローラは栄養の吸収、免疫調節、病原体の排除等に関与することが知られている一方、これまでサケ類における腸内フローラの研究は限られていました。とくに、摂餌を始める初期段階から海洋環境へ移行する過程で、腸内フローラがどう変化するのかはわかっていなかったといいます。
そうした中、東京大学大気海洋研究所 濵﨑教授とGhosh博士らの研究グループはこのライフステージにおける腸内フローラの動態を明らかにすべく調査を行いました。この研究では、気候変動に対する回遊魚の脆弱性および適応の仕組みを理解することが目的とされています。
成長段階に応じた13個体を採取
研究では東京大学大気海洋研究所の飼育実験施設で、シロザケの稚魚を孵化直後~90日間にわたり、淡水と海水で飼育が行われました。
これにより摂餌開始前後、淡水から海水への移行期など成長段階に応じた13の時点で個体が採取されています。
サケ(提供:PhotoAC)次に腸内に定着する微生物叢(びせいぶつそう)を明らかにすべく、個体ごとに腸内容物を無菌的に回収。同時に飼育水と餌の微生物群集も同様に採取されました。
また、採取されたこれらの試料について16S rRNA遺伝子のV4領域を標的としたアンプリコンシーケンスを実施。生物情報解析ツールを用いることにより、多様性解析、群集構造解析、系統解析が行われています。
腸内フローラの変化
解析の結果では孵化後35日目に摂餌を開始した時点で腸内フローラが急速に安定化し、Bartonella属やEnterococcus属などの細菌が高頻度で定着することが明らかになりました。
これらの細菌は餌にも含まれているものの、腸内フローラの構成は餌中のフローラと明確に異なり、魚体による選択的フィルタリングが働ていることが示唆されています。
また、36日目以降、稚魚を淡水から海水環境へ移行させると、腸内フローラが劇的に変化しColwellia属やAliivibrio属など海洋起源の細菌が急速に増加。中でもAliivibrio属は海水環境への移行後に急激に優占するようになりました。
このことから腸内環境の海水対応型へ再構築が進んでいることが示されたのです。また、多くの腸内微生物種が魚体特異的に保持されていることもわかっています。
気候変動に強い稚魚
今回の研究により、シロザケ稚魚の腸内フローラが餌や海水への移行により、大きく再構築されることが明らかになりました。
この成果は、気候変動による海水上昇や沿岸微生物群集の変化がサケ類の生残率にどのような影響を与えるかの影響評価、気候変動に強い稚魚育成技術の高度化に貢献することが期待されています。
(サカナト編集部)