青く透き通った浮き袋と、たなびく長い触手。その神秘的な姿で知られるカツオノエボシは、海辺で見かけても決して触れてはいけない危険生物としても有名です。
その毒性の強さから「電気クラゲ」とも呼ばれるこの生きものは、複数の個虫が集まって1つの群体として生きる、ヒドロクラゲの仲間です。
従来のカツオノエボシ属の一種(提供:PhotoAC)体の上部にあるビニール袋のように見える浮き袋「気泡体」は、ガスを蓄えて海面に浮かぶための役割を持ち、風を受けて移動します。その下からは、獲物を捕まえる触手となる個虫、消化を担当する個虫、生殖を担う個虫などが連なり、それぞれが集まってひとつの生きものを形作るように共生しています。
そんなカツオノエボシ属 (Physalia) の仲間から、新種「ミカヅキノエボシ」が日本で発見されました。
この研究結果は、Frontiers in Marine Scienceに掲載されています。論文タイトルは『Physalia mikazuki sp. nov. (Phylum Cnidaria:class Hydrozoa) blown into Japan’s northeast (Tohoku) at the whim of marine ecosystem change』。
宮城県仙台市で見つかった新種「ミカヅキノエボシ」
2024年7月、宮城県仙台市の蒲生干潟付近で、これまで国内で報告のなかった形態をもつカツオノエボシ属のクラゲが打ち上げられていることが判明しました。採集と解析を行ったのは、東北大学の学生を中心とした研究チームです。
詳しい形態観察とDNA解析の結果、この個体は既知のPhysalia属のどの種にも該当せず、新種「Physalia mikazuki」として記載されました。
今回新種として発表されたミカヅキノエボシ(「海洋生態系の変化により、日本北東部(東北地方)に吹き寄せられた新種Physalia mikazuki(刺胞動物門、ヒドロ虫綱)」より引用 東北大学/Cheryl Lewis Ames et al)種小名「mikazuki(ミカヅキ)」は、仙台藩の武将・伊達政宗の兜に掲げられた三日月紋にも由来し、気泡体の形が三日月を思わせることから名付けられました。
論文『Frontiers in Marine Science, 2025』では、和名として 「ミカヅキノエボシ」が提案されています。
この命名は、発見地である仙台の地域文化と、クラゲの形態的特徴を見事に結びつけたものです。
形態と遺伝子が示す「独自の姿」
ミカヅキノエボシは、見た目こそ一般的なカツオノエボシに似ていますが、詳細な観察によっていくつもの相違点が明らかになりました。
気泡体が三日月状に湾曲しており、既知種に見られないシルエットを持ち、さらに気泡体の上部が濃い青色を呈し、膜部は透明な藍緑色を帯びることなどです。
また、カツオノエボシを構成する個虫とは構成数や配置が異なる(後部に最大6群、前部に3群)こと、特定の遺伝子の配列が既知種とは明確に異なることから、ミカヅキノエボシは独立した新種であることが証明されました。
日本近海で新種として記載されたPhysalia属は、これが初めてです。
北方海域で見つかるのは極めて珍しい
これまで日本近海で確認されてきたカツオノエボシ属の仲間は、主に沖縄や相模湾といった温暖な海域に出現していました。
そのため、仙台湾のような冷涼な北方海域で見つかるのは極めて珍しいことです。
研究チームは、この個体が「南方から一時的に流れ着いたもの」か、それとも「日本沿岸で新たに分化した独立種」かを明らかにするため、形態・遺伝子・海流シミュレーションを組み合わせた総合的な検証を行いました。
この研究は、東北地方におけるクラゲ相の多様性を解明するだけでなく、海水温上昇や黒潮の北上といった海洋環境の変化が生物分布に与える影響を読み解くうえでも重要な意味を持ちます。
海流データをもとにしたシミュレーション
研究では、ミカヅキノエボシがどのようにして仙台湾まで到達したのかを調べるため、海流データをもとにした粒子追跡シミュレーションも行われました。
OceanParcelsシミュレーションによる日本沿岸海域における粒子の軌跡「海洋生態系の変化により、日本北東部(東北地方)に吹き寄せられた新種Physalia mikazuki(刺胞動物門、ヒドロ虫綱)」より引用 東北大学/Cheryl Lewis Ames et alその結果、黒潮の北上およびその派生流が仙台湾に到達する経路上にあり、本種の漂着を助けた可能性が示唆されています。
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