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バルト海の<タイセイヨウニシン>に起きた自然選択とは? 卵膜や精子を進化&低塩分環境に適応

これまで生物たちは、新しい環境へ適応する形で進化し多様化していきました。

環境へ適応する際、遺伝子に自然選択が働くことで、タンパク質の機能が変化してきたとされていますが、そのメカニズムは明らかにされていません。

ヨーロッパ沿岸大西洋側に生息する魚・タイセイヨウニシンは、大西洋型とバルト海型の2型が知られており、それぞれの環境に適応しています。

そこで、上智大学やノルウェー海洋研究所などの国際研究チームは、大西洋型とバルト海型のタイセイヨウニシンを比較し、生殖の各段階に関わる特定の遺伝子が自然選択を受けていることを明らかにしました。

バルト海と大西洋のニシン

日本でもお馴染みの食用魚「ニシン(Clupea pallasii) 」。

ヨーロッパ沿岸の大西洋側にはニシンに近縁なタイセイヨウニシン Clupea harengus が生息しています。

ニシン属の魚(提供:PhotoAC)

本種は現地で食用とされるほか、日本にも輸出されている魚です。

また、タイセイヨウニシンは海水魚でありながら、約8000年前に塩分濃度の低いバルト海へ進出。現在は、それぞれの環境に適応した大西洋型とバルト海型が知られています。

繁殖に関わる遺伝子を分析

タイセイヨウニシンのような海中に卵と精子を放出する「体外受精」では、環境からの影響を直に受けてしまいます。

このことから、研究チームは大西洋型とバルト海型のタイセイヨウニシンについて、繁殖に関わる遺伝子を網羅的に分析。バルト海への適応は、4つの要因が大きく関わっていることを明らかにしました。

浸透圧で膨張しない精子

塩分濃度が低いバルト海では、浸透圧により細胞内へ水が浸透しやすくなります。これは精子も例外ではなく、体外受精により放出された精子は吸水によって膨張してしまいます。

今回の研究では、精子で特異的に発現するイオンチャネル LRRC8C2 が低塩分濃度に適応する方向で、自然選択を受けていることが明らかに。これにより、バルト海型のタイセイヨウニシンは低塩分濃度でも精子の体積を制御し、繁殖性の成功率を挙げている可能性が示唆されました。

厚い卵膜の形成

低塩分濃度に適応したのは精子だけではありません。

バルト海型のタイセイヨウニシンでは、卵膜を形成するタンパク質が強い自然選択を受けており、より高密度で強い卵膜を形成し水を吸っても膨らみにくくなっていることが分かっています。

また、魚では卵と精子が受精するとFTGにより卵膜タンパク質が架橋され、硬く強靭な構造に変化することが知られています。

バルト海型タイセイヨウニシンでは、このFTGが低塩分濃度でより高い活性を示すように自然選択を受けていることが判明したのです。

強靭な卵膜を溶解

卵膜の進化に影響されるかのように、胚が分泌する酵素も進化していることも明らかにされました。

魚では受精後の硬い卵膜は、孵化後に胚が分泌する孵化酵素により分解され、胚が下界へ泳ぎ出します。

バルト海型のタイセイヨウニシンでは、孵化時に胚が卵膜を溶かすために分泌する酵素も低塩分濃度で活性化するように自然選択を受けていることが判明。

これにより、バルト海型のタイセイヨウニシンの胚は靭になった卵膜を溶解することが可能になったのです。

太平洋のニシンから獲得した遺伝子

このようにバルト海型のタイセイヨウニシンは、発生過程の遺伝子が自然選択を受け、低塩分環境において有利な繁殖戦略を獲得しました。

これらの決定づける遺伝子のうち10パーセントは太平洋のニシンから適応遺伝子浸透したものだと考えられています。

つまり、かつて太平洋のニシンと大西洋のニシンで交雑が生じ、それがバルト海型のタイセイヨウニシンで受け継がれ利用されているのです。

興味深いことに大西洋のニシンが深場で産卵するのに対し、太平洋のニシンでは、浅場ときに汽水域を産卵場所として好むことも知られています。

バルト海のタイセイヨウニシンと太平洋のニシンの産卵環境は類似しており、適応的遺伝子浸透の明確な根拠になるとされています。

バルト海型タイセイヨウニシンの種としての妥当性

かつて、バルト海型のタイセイヨウニシンはリンネにより、C. harengus harengus の亜種 (C. harengus membras) として記載された歴史があります。

この根拠は大西洋型のタイセイヨウニシンと比較して、バルト海型のタイセイヨウニシンが小型であることが由来です。

今回の研究では、バルト海型タイセイヨウニシンで4つの重要な遺伝子座に加え、いくつかの遺伝子座で特有の対立遺伝子が固定されていることが明らかになりました。

バルト海(提供:PhotoAC)

研究チームは、生態学的適応に不可欠な遺伝子座の顕著な遺伝的差異を根拠に、バルト海型のタイセイヨウニシンが分類学的種(Clupea membras)に値する可能性があることを提案しています。

また、大西洋型とバルト海型では遺伝子の交流が示唆されているものの、タイセイヨウニシンのような配偶者選択のない種で、このような現象は避けられません。

そのため、研究チームは選択的に配偶者を見つけるような種と異なる考え方で種としての妥当性を判断すべきとしています。

複数のプロセスが関連して進化

今回の研究によって、精子の形成・卵の形成・受精・孵化というプロセスが相互に影響し合い進化していることが明らかになりました。

この成果は、自然選択がどのように生殖機構を進化させてきたのかを示す事例となっています。

この研究の成果は「 Proceedings of the National Academy of Sciences」に掲載されています(論文タイトル:Sperm, egg, and embryo proteins critical for genetic adaptation of herring to low salinity in the Baltic Sea)

(サカナト編集部)

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