日本列島の周辺では、寒流の<親潮>と暖流の<黒潮>の影響により多様な魚類が見られます。
最近では海水温の上昇から南方の熱帯魚が黒潮により運ばれてきて、日本近海には普通分布しない種が見つかることもあります。
例えば、初夏から初冬にかけてチョウチョウウオやスズメダイ、ベラ、アジの仲間の幼魚が本州に出現します。
しかし、その多くは冬の寒さに耐えきれず死んでしまい、産卵や繁殖はできないと言われています。このような魚類は「死滅回遊魚(季節来遊魚)」と呼ばれます。
採集して飼育もできる<死滅回遊魚>
死滅回遊魚は、その年しか出会えないロマンある魚たちです。採集して飼育することで、自然の美しさ・儚さを感じることができるという魅力があります。
死滅回遊魚を採集するには、まず魚の行動を観察し、どうやって捕まえるかを考えます。
狙った1匹を捕まえる、魚との駆け引きが醍醐味で、自分の手で採集した魚はアクアリウムショップで買う魚とは違う特別感があるのです。
筆者はこれまで、大好きな伊豆でチョウチョウウオの仲間やヤッコの仲間を採集し、飼育しています。
マリンアクアリストが愛する<死滅回遊魚>の魅力
死滅回遊魚たちは、海水魚を飼育するマリンアクアリストたちに愛されている魚たちでもあります。
アクアリストとは、アクアリウム(水槽設備)で生き物を飼育する愛好家のこと。
さらに細かく定義すると、アクアリストは淡水性の魚や水草を飼育することを指すのが一般的ですが、アクアリウムの楽しみ方は多様なので、ここではシンプルに「(水生生物を)飼育をする人」と定義します。
飼育の対象となるのは、魚類や植物、エビ・カニ、クラゲ、サンゴなど様々です。

一方、マリンアクアリストとは、一般的に海の生き物を飼育する愛好家のこと。水槽という箱庭に自分だけの海を再現することが魅力的な趣味で、多くの人に愛されています。
マリンアクアリストの魚の入手方法は「自ら採集」?
では、マリンアクアリストと死滅回遊魚はなぜ関係しているのでしょうか。それには魚の入手方法が関わっています。
アクアリストが水槽で飼育する生物を入手する方法として、ショップ等での購入か採集の2つが挙げられます。しかし、アクアリウム業界は比較的飼育が容易で、観賞魚としても人気の高い淡水魚が主となっており、海水魚を購入できるショップは限られてくるのが現実です。

このことから、マリンアクアリストの中には、採集によって海水魚を入手する人が一定数います。
綺麗な熱帯魚も人気ですが、死滅回遊魚と呼ばれる魚を採集し飼育するアクアリストも存在する、というわけです。
マリンアクアリストは死滅回遊魚を採集し飼育するだけでいいのか?
筆者は長年、マリンアクアリストとして「死滅回遊魚をただ採集して飼育するだけでいいのか?」と心に引っかかっていました。
飼育も採集も楽しいですが、ただ採集し飼育して、死んでしまったから終わり。水槽の中で綺麗なだけ、というのは酷な話です。
しかし、死滅回遊魚は我々に、それだけでない貴重な価値観を与えてくれるのではないでしょうか。
例えば、死滅回遊魚が無意味な移動を繰り返す理由について。夏に北部へ移動し、冬になると死んでしまう行動は無効分散と呼ばれていますが、果たして本当に“無効”なのでしょうか。
事実、伊豆諸島や小笠原諸島では、近年の海水温上昇の影響で、南方の魚が死なずに産卵する事例も確認されています。無効と思われていた移動が意味を為すようになってきたのです。
死滅回遊魚の行動をひとつとっても、さまざまな疑問が湧き上がります。死滅回遊魚の魅力はここにあると考えています。
どうすればいいのかを育てながら考える
死滅回遊魚とは、繁殖できず冬になると死んでしまう魚のことを指しますが、海で採集していると魚が必死に“今を生きている”ことを実感します。
我々はどうしたら、そのような魚を長く飼育できるのか。また、人工飼育下ではどんなエサが代わりになるのか。
単なる「観賞」ではなく、「その命を繋ぐために自分ができること」を最大限に考えることが大事だと筆者は思います。
トライアンドエラーを繰り返し、冬になると死んでしまうような儚い命でも、閃きや発見により価値のある死に変えて行くのがマリンアクアリストの今後の使命なのではないでしょうか。
少しでも長く飼育できるように工夫する、また、新しいことをどんどん取り入れていけるマリンアクアリストたちが増えたらいいなと思います。
死滅回遊魚は南の海から流されてきて、冬を越せずに死んでしまう運命の魚。
それを「どうせ死ぬから採っていい」ではなく、「限られた命に寄り添い、最後まで大切にする」という姿勢こそ、死滅回遊魚に敬意を払う役目だと考えます。
(サカナトライター:たつ)