恐竜と聞くと、凶暴なティラノサウルスや大地に轟音を響かせながら歩くブラキオサウルスなど、陸地にすむイメージが強いと思います。
しかし、筆者が特に惹かれた恐竜は川に生息していたと言われているスピノサウルスです。ある映画では陸上を爆走していたスピノサウルスですが、最新学説では川をワニのように泳いで魚を捕食していたのではないかと考えられています。
筆者を生き物好きにしたきっかけである恐竜<スピノサウルス>の最新研究内容は、現代の自然環境についても考えさせます。
思い出のスピノサウルス
生き物好きになったきっかけは人それぞれ。幼少期に森で虫取りをしていたから、川や海で遊んだからなど様々あると思います。しかし、筆者は少し特殊で「映画『ジュラシック・パークIII』をビデオで観たから」です。
この映画に出てきて大暴れするのがスピノサウルスです。『ジュラシックパークI・II』ももちろん観ましたが、当時はサブスクリプションサービスはなく、持っていた唯一のビデオテープ『ジュラシック・パークIII』を繰り返し観ていたのです。
主人公たちを執拗に追い回し、観客を恐怖のどん底に叩き落としたスピノサウルスですが、あろうことか私はその姿を「カッコイイ」と思い、取りつかれるように好きになりました。
恐竜図鑑→魚図鑑
それがキッカケとなり、図書館に通い様々な恐竜図鑑を読み漁りました。一通り恐竜図鑑を読み終え、次に読んだのが魚図鑑でした。
その時に出会った魚図鑑のおかげで、私は水産系の大学に通い、今はこうして魚や生き物に関するライターなどをしています。
私の全ての起源は、約1億年前に地球上に存在していたスピノサウルスなのです。
「川に棲んでいた」という推測
そんなスピノサウルスは「川に棲んでいたのではないか」と言われていました。スピノサウルスの歯は魚を食べるのに適した円錐形をしていたため、水辺に棲んでいたのではないかという考察がされていたのです。
しかし、スピノサウルスの化石が収容されていたドイツの博物館が第二次世界大戦の爆撃にあい、化石も焼失してしまいます。
これにより長い間スピノサウルス研究は滞ってしまい、どのような姿の恐竜だったのか分からないままでした。
『ジュラシック・パークIII』に登場する、二足歩行で陸上をズンズン歩くスピノサウルスも、その研究が停滞していた時代に想像で描かれたものです。
2018年に見つかった化石

第二次世界大戦から時が経った2018年、ナショナルジオグラフィック協会の支援によりモロッコで化石の発掘調査が進められました。
そこで見つかったのは、スピノサウルスの尾椎(尾側の末端を構成する部分)でした。掘り出した骨を繋げると、長さ5メートルほどのパドル(カヌーやボートで使用する道具)の様な形状の尾になりました。
研究者たちは、スピノサウルスがこの尾をしなやかに波打たせることで、水中を泳いでいたのではないかと推測。水辺にいた恐竜どころか、完全に水中に適応して暮らしていたのではないかと言うのです。
このことが2020年に学術誌「ネイチャー」で発表されると、たいへんな話題を呼びました。
異分野の分析で判明
発掘調査チームはスピノサウルスがどのように水中で動いていたのかを調べるため、ハーバード大学の生物学研究室を訪れました。高速カメラとロボットを用いて、水中生物の動きを調べている研究室です。
その技術を恐竜であるスピノサウルスの動きを調べるために用いることになりました。スピノサウルスの泳ぎ方を調べるためにプラスチック板で模型を作り、その動きをセンサーで測定、データを取ったのです。

すると、その推進力は陸生恐竜の8倍にもなることがわかりました。また重心も身体の前方にあるため、水中で泳ぐのに非常に適した身体であることもわかりました。
肢のかぎ爪も陸上では歩行に不向きですが、水中で獲物を捕らえるのには適していたのです。
このような様々な情報から考え、現在スピノサウルスは完全に水中生物であったと考えられています。化石から推測し、生物学の研究で判明したというのが面白いですよね。
ティラノサウルスほどの大型恐竜が水中を泳ぎ回り、魚を捕食していたと考えるとなんだかワクワクしてきませんか?
1億5000万年の記憶
ちなみにこの「スピノサウルス水中生物説」には反論する学者もいるようです。しかし、これら一連の研究を見て筆者が一番感じたのは、人間がまだ幼くて、いかに何も知らないのかということでした。
恐竜は約1億5000万年もの間、地球に君臨し続けました。様々な気候変動や地殻変動など、大変な天災に見舞われながらも、それほど長い間地球の王者でい続けたのです。
対して人類史はまだ約700万年ほど、産業革命がおこったのはたかが数百年前です。
歴史上類を見ない発展ぶりに、私たちはつい世界を何でも知っている気になってしまいます。そして、これからも人類が地球の王者であり続けるだろうと、つい考えたくなります。
しかしスピノサウルスの最新研究を見て、私はまだなにも知らないんだなということを痛感しました。
生き物の発掘・歴史の探求は私たちに様々な選択肢を示してくれる
映画にもなったスピノサウルスですら、つい最近まで誤解して描かれていたのです(ちなみにジュラシック・パークの恐竜は他の動物の遺伝子を組み替えて復活させたという説明があるので、最新学説と違う恐竜が出ても設定に矛盾が生じないという上手い設定をしています)。
スピノサウルス然り、かつて生きていた生き物の発掘・歴史の探求は、私たちに様々な選択肢を掲示してくれると思います。例えば、海の古代生物でも当時の地球環境を知ることで、私たちが現代の地球環境や海に対してどうアプローチしていくのか考察できます。
ロマン的な側面だけでなく、現代社会を考えるうえでも古代生物や歴史の探求は重要になってくるのかもしれませんね。
(サカナトライター:みのり)
参考文献
ナショナルジオグラフィック(2020)、ナショナル ジオグラフィック(日本版)2020年10月号、日経ナショナルジオグラフィック社