「生きた化石」と呼ばれ、太古の姿そのままに今もなお人気の魚、シーラカンス。
そんなシーラカンスは標本であっても貴重な訳ですが、とある大学に設置されているミニ水族館では、世界で唯一(当時)のシーラカンスの胎児の展示が行われていたことがあるのです。
その珍しさから、思ってもいないハプニングも起きました。
生きた化石とも呼ばれる深海魚<シーラカンス>
シーラカンスは生きた化石とも呼ばれる深海魚で、発見当時は「絶滅したと考えられていた魚が生き残っていた」として、たいへんな話題を呼びました。
その希少性から、現在は原則的に捕獲が禁止されており、生きた姿を映像に収めることも非常に困難です。
また現在、シーラカンスはアフリカで見つかったLatimeria chalumnaeと、インドネシアのスラウェシ島で見つかったLatimeria menadoensisの二種類が存在します。
そのうち、前者のLatimeria chalumnae(以後シーラカンス)がとある大学にやってくることになったのです。
突然やってきたシーラカンス
筆者が通っていた海洋系の大学には、学生が運営するミニ水族館があり、当時私はそこのリーダーを務めていました。
ある日、顧問の先生から突然に「大学でシーラカンスを研究する際、同時にその標本を展示することになった。それに関係する展示を作ってほしい」と言われたのです。

所詮は学生の運営する水族館。一番大きな水槽でも約3メートル、展示する生き物もメジナやクロダイといった普通種、熱帯魚ショップで売っているスズメダイ、少し珍しい生き物でもクラゲがいた程度です。
そんなミニ水族館で、あらゆる過程をすっ飛ばしてシーラカンスを展示するというのですから、もうみんな大騒ぎです。
当時シーラカンスの胎児の展示は世界で唯一
最初は一個体のみだったシーラカンス標本は後々3体まで増え、さらにシーラカンスの胎児の標本まで展示することになりました。シーラカンスの胎児の展示は、当時世界で唯一行われたそうです。
シーラカンスの成魚3体とシーラカンスの胎児1体、計4体のシーラカンスが見られるという中々豪華な展示になりました。
当時は、シーラカンスを展示するなどという奇想天外な企画に戸惑い、そんなこと僕たちにできるわけない、そんな時間も余裕もないとまで思っていましたが、今思えば学生の身分でシーラカンスという貴重な魚に携われたことはいい経験でした。
予想外の反応 「これ本物なの?」
しかし、そんなシーラカンスを展示していて心残りだったのは、シーラカンスを見たお客様の多くが「本物」だと認識していなかったのです。
大学で展示していたシーラカンス標本はプラスティネーション標本と呼ばれるもので、身体の水分や脂肪分を全てプラスチックなどの合成樹脂に置き換えて固めたもの。ホルマリンに漬ける液浸標本と異なり、液を交換するなどの手間も省けるのです。
標本の管理が非常にラクになるというメリットの一方、パッと見た感じだと“標本っぽさがない”という思いもしなかったデメリットが生じました。

館内にアンケートを設置していましたが、そこに「木でできたシーラカンスの作り物がリアルで凄かった!」と書かれていたのを見た時は、椅子から転げ落ちました。
「それ!本物のシーラカンスなんです!世界有数のシーラカンス標本なんです!と心の中で絶叫しました。
その後、お客様が大学に訪れる度に声を大にして「これは本物のシーラカンスです」と何度も伝えたことは今となっては良い思い出です。
しかし思えば、私も幼少期は博物館にある魚のプラスティネーション標本をただの作り物と思っていた時期もありましたし、そう思われてしまうのは仕方の無いことなのかなとも思いました。
思いもよらない落とし穴があるものだと、シーラカンスの展示を通して学んだ機会となったのでした。
当たり前に見られる魚ではない
ニセモノだと思われてしまっていたハプニングも含め、学生の身分ながらシーラカンスの展示に携われたことは大変な幸運だったのだと、今では思います。
当時は他にやりたいことも沢山あり、中々シーラカンスだけに集中することはできませんでした。少しもったいないことをしたなと思います。
シーラカンスは発見されたその後も、捕獲・発見は困難を極めていたそうで、現在に至っては捕獲自体が禁止されています。今後新たな標本が出回ることはほとんどないであろう、世界有数のシーラカンス標本に携われたことは、決して当たり前のことではないのでしょう。
そんなシーラカンスは現在も、アフリカやインドネシア、はたまたまだ見つかっていない世界のどこかにいるのかもしれませんね。本来出会うことはなかったであろう、シーラカンスとの物語でした。
(サカナトライター:みのり)