「蛸」と書いて「たこ」と読むことができる人は多いだろう。しかし、この漢字にこんな疑問を抱いたことはないだろうか。
「海の生き物なのにどうして虫偏?魚偏じゃないの?」と。
今回はこの「蛸という字はなぜ虫偏なのか」という疑問について解説していこう。
そもそもどんな生き物の漢字に虫偏がつくのか
実は「蛸」のほかにも、昆虫ではないのに虫偏の漢字であらわされる生き物がいる。
水の生き物でいえば、「蛤(はまぐり)」や「蜆(しじみ)」、「牡蠣(かき)」など貝類を中心に虫偏の漢字がみられる。また、「蝦(えび)」も虫偏であるし、虫偏ではないが「蟹(かに)」も「虫」の字を含む。
陸生生物では、その多様さはより顕著になる。
「蛇(へび)」、「蜥蜴(とかげ)」、「蛙(かえる)」などの爬虫類・両生類の仲間から、「蝙蝠(こうもり)」、「蝟(はりねずみ)」といった哺乳類にいたるまで、ありとあらゆる生き物に虫偏が付いている。
昆虫以外の生き物でも「虫」?
上述のように、ありとあらゆる生物の漢字に虫偏がつけられているのには理由がある。
その謎を解くカギは漢字発祥の国である中国のかつての生物分類法にある。古来中国では、生き物を「魚」と「鳥」と「獣」に分け、そのどれにも当てはまらないと考えられたものを「虫」と分類した。
この価値観は現代の生物分類法の視点から見れば大変おおざっぱであるが、当時では当たり前の考え方であった。
「蛸」の発祥
もともと「蛸」という字は、中国で「蜘蛛」の一種を指す漢字に用いられていた。
ところが918年に日本で編纂された『本草和名』という書物に「海蛸」という表現が登場する。これはまさしく現代でいう「タコ」のことを指しているのである。
タコの8本の脚がクモに似ていることから、“海のクモ”という意味で「海蛸」とされた、と推測されている。
正式には「章魚」「鮹」とする説も
また、「蛸」という表記はもともと誤記であった、という説がある。
前述のように「海蛸」と書けばタコのことを指すが、「蛸」だけではクモの意味と捉えられてしまう。そのため区別してタコは「章魚」あるいは「鮹」と書き表すようにするのが正式だ、というものである。
もちろん現代では「蛸」と書いてタコを表現するのは誤りではない。
奥深い漢字の世界
このように「蛸」ひとつとってもその文字の歴史は古く、さかのぼればいろいろなことが分かってくる。
海の生き物を表す漢字にはまだまだ謎が隠されている。たとえば「蛤(はまぐり)」は虫偏なのに、同じ貝である「鮑(あわび)」は魚偏なのはどうしてか?……など。
みなさんもお寿司屋さんの湯飲みなどを見ながら、漢字の成り立ちについて思いを巡らせるのはいかがですか。
(サカナトライター:宇佐見ふみしげ)