「イカスミのパスタ」は人気料理として広く知られていますが、「タコスミのパスタ」を見かけることはほとんどありません。
イカもタコも「墨を使って敵の目を欺く」という点では共通していますが、その墨の性質には大きな違いがあるようです。
イカスミとタコスミは性質が違う
イカの墨は粘性が高くドロッとしており、敵から逃げる際、自らの姿に似せた“墨の分身”を作ります。一方、タコの墨は水分が多く広がりやすいため、煙幕のように敵の視界を遮ることを目的としています。
この性質の違いは料理にも関わってきます。イカスミは粘りがあるためインパクトのある黒い色を演出でき、パスタなどの食材にもよく絡みます。一方で、タコの墨は色素が薄くさらさらとしているため、食材に絡めるのには不向きです。

タコの墨は、味そのものはイカスミ以上に旨味があるとも言われています。しかし、墨袋が肝臓の奥にあり取り出しにくいうえに破れやすく、とても扱いにくいのです。
さらに、イカに比べて採れる墨の量は約10分の1とされ、コスト面でも料理への利用は限られてきました。
また、タコ自体は古くから食されていたにもかかわらず、唾液腺に毒性成分があることから「墨にも毒があるのではないか」という誤解が広まり、心理的なハードルにもなっていました。タコの墨に毒があるという科学的根拠は乏しいことが明らかになっていますが、見えない不安が料理への活用を妨げていたと考えられます。
密やかにタコスミ料理も浸透中?
イカスミは、イタリアやスペインでは古くから料理に使われてきました。イカスミのパスタやパエリアは現地の定番料理であり、豊かな旨味と美しい墨色が魅力です。
日本でも1990年代の「イタ飯」ブームの中で、イカスミパスタは“本場感”や“非日常感”を演出できるメニューとして注目され、広く知られるようになりました。

このように、イカスミは料理文化にしっかりと根付き、タコスミはその特性と誤解ゆえに広く用いられなかったのです。
しかし近年では、流通量の少なさや扱いにくさがかえって「希少価値」として捉えられ、「他では味わえない」「珍しい食材を使っている」として、アクセント的にタコの墨を使うレストランも見られるようになってきました。
タコの墨には、料理に深みを添える可能性が秘められており、今後のさらなる活用が期待されています。
(サカナトライター:こやまゆう)