8月29日(金)より全国で公開される、『パトリックとクジラ 6000日の絆』。この映画は、パトリック・ダイクストラという水中カメラマンとクジラとの絆を描く海洋ドキュメンタリーです。
人とクジラが広い海で交わした交流を、息をのむような素晴らしい映像で描いた映画です。クジラの知られざる生態にも目が離せません。
監督であるマーク・フレッチャーは、野生動物映像の世界で長年にわたり活躍してきた実力者で、編集や脚本を手掛けた作品は200本以上。“自然ドキュメンタリー”のジャンルを確立した第一人者であるデイビッド・アッテンボローへの脚本提供でも知られています。
そんな実力者と、長年クジラに魅入られた主人公パトリックが映し出すのは、マッコウクジラとの絆だけでなく、彼らと触れ合うことで明らかになったクジラごとの個性や群れの絆。映画のあらすじに触れながら、見逃せない映画のワンシーンを紹介します。
クジラに魅入られた主人公 弁護士→水中カメラマンに
主人公であるパトリック・ダイクストラは、10代の頃に博物館でシロナガスクジラのレプリカを見て感銘を受け、いつか実際に出会うことを夢見て過ごします。
大学卒業後はアメリカ・ニューヨークで弁護士として活躍しますが、野生動物への情熱を諦めきれず水中カメラマンに転身。
世界の海でクジラを追いかける中、ドミニカで出会ったメスのマッコウクジラと心を通わせる体験をし、「ドローレス」と名付けて再会を果たします。
クジラが自ら近づき、共に泳ぎスキンシップを取る様子は、彼にとってかけがえのない交流となりました。
立って眠るマッコウクジラ
冒頭のシーンから目を奪われます。
大きな灰色の塊のようなものたちが青い海の中に“立って”いる……。まるで仁王立ちしているようにさえ見えるこの生き物は、マッコウクジラの群れです。

そして、彼らにそっと上の方から近づいて行く男性は、タイトルにもなっているパトリック。足に装着した彼のフィンがゆっくりと動き、クジラたちに近づきます。
カメラはさまざまな角度からマッコウクジラたちを捉えます。時々彼らが吐き出す泡は、息をしている──生きている証拠です。
体長が16~20メートル、体重は40~60トンある彼らを前にしたパトリックはフィギュアの人間のように小さく見えます。
共に泳ぎ、コミュニケーションを交わしている彼が水中にいる時、彼の心は初めて博物館でシロナガスクジラのレプリカを見た16歳に戻っているに違いないでしょう。
マッコウクジラが「立って眠る」という生態とその大きさ、海洋の神秘が映し出され、映画の世界にぐっと引き込まれる象徴的なワンシーンです。
親友ともいえるマッコウクジラとの出会い
マッコウクジラの外見は、地球最大の哺乳類であるシロナガスクジラとはまるで異なります。
四角い頭に平たい尾びれ、脇に付いた小さなヒレなど、それらが水面に浮かび上がる時、表面にいくつもの筋を描く泡の流れは、まるで工芸品のような美しさを湛えます。
パトリックは、「20年、年間300日を海で過ごしている中で忘れがたい思い出があるんだ」と言います。

いつも通りゆっくり彼が海に入ると、彼に近づいてきた一頭のマッコウクジラがいます。そして頭を水面に向けたそう。
そのクジラは、やがてパトリックを検査でもするかのように至近距離までやってきました。このクジラが、のちに「ドローレス」と呼ばれ、パトリックと絆を深めていく主人公のクジラです。
2人が対峙しているシーンは緻密に描かれた絵画のようで、類まれな美しさを放ちます──まるで、加工しているのではないだろうかと思ったほどに。
パトリックは、マッコウクジラのことを「まるで地球外生命体のよう」と捉えます。そう捉える理由は、ただ体の大きさや形状だけではないでしょう。
世界の捉え方も、生きている世界もまるで違う。それでも、この2人の間には等しい時間が過ぎていきます。映画を観ている我々も、マッコウクジラと同じ世界で生きていることが、段々と自分事として映っていきます。
理解が深まれば、彼らを守ることができる
パトリックとドローレスが絆を深めるなか、ある日、マッコウクジラの大群の座礁を見つけます。
マッコウクジラの座礁は、どれも若いオス。そして、同じ時に同じ場所で死ぬ──謎だらけのこの現象に出会い、パトリックは彼らのことをもっと知りたいと思うようになります。
マッコウクジラの生態を調査するため、顎下にカメラを取り付けようと試みますが、その対象は信頼関係を築いてきたドローレス以外にあり得ません。
パトリックは再びドローレスを探します。果たして再び、ドローレスに会えるのでしょうか。
クジラ同士の絆からも目が離せない
劇中には、ドローレスだけでなくクジラの親子も登場します。このドキュメンタリーで重大な役割を果たしてくれる、見逃せない場面です。
タイトルにある「絆」は「パトリックとクジラ」のものだけではなく、クジラたち同士の深い絆を表しているのでしょう。
この作品は、美しい絆と映像美に心が洗われるだけでなく、人間のエゴも痛感させられます。そして最後に思うのは、この綺麗な海とクジラ、そして全ての海の生き物たちが減らないような環境を守ること。
「6000日の絆」というタイトルは、単なる美談ではなく、人とクジラが共に未来を生きるための問いかけであることを忘れないようにしていきたいと、強く思います。
(サカナトライター:栗秋美穂)