日本では1980年代以降、作物収入の減少や農業者の高齢化などにより、耕作放棄される水田が増えています。
水田が耕作放棄されると、植生遷移が進み陸地化。この状態になってしまうと水田に戻しにくくなることに加え、水生昆虫などの湿地性生物の生息が難しくなります。
この問題の対策として「休耕田ビオトープ」が着目されており、生物多様性保全に有効な管理手法の開発が求められてきました。
そうした中、兵庫県立大学大学院地域資源マネジメント研究科博士後期課程の渡辺黎也氏らから成る研究グループは、「初夏に代掻きをすることで開放水面を創出すれば飛来する水生昆虫の数が増加するのではないか」という仮説を立て、野外操作実験を行いました。
この研究成果は『Hydrobiologia』に掲載されています(論文タイトル:Effects of early summer plowing on aquatic insects in fallow field biotopes)。
耕作放棄の問題
1980年代以降、日本では作物収入の減少、農業者の高齢化などにより、耕作放棄される水田が増加しているといいます。

水田が耕作放棄されることにより植生遷移が進むと、陸地化してしまい水田に戻すことが困難です。その結果、タガメやゲンゴロウなどの湿地性生物の生息が難しくなるほか、耕作放棄田はシカやイノシシなど農作物を食害する害獣の生息場となるのです。
これら耕作放棄田問題の解決策として、「休耕田ビオトープ」(以下:ビオトープ)が注目されており、生物多様性保全に有効な管理手法の開発が求められています。
初夏の代掻きが水生昆虫を増やす?
ビオトープは生物保全を目的としていることから、除草剤等の薬は基本的に使われることはありません。それにより、水田と比較して水生植物が繁茂しやすい傾向があるようです。

先行研究ではビオトープや水田において、水生昆虫類の繁殖期初期である初夏に植被率(水生植物が水面を覆う割合)が高い水域ほど、水生昆虫の総出現種数が減少する傾向が確認されています。これは、飛翔中の水生昆虫が水面の水平偏光を認識することで水域に飛来しているためです。
こういった背景から、研究グループは「ビオトープで初夏に代搔きをし、水生植物の繫茂を抑制すれば、開放水面が創出され水生昆虫の飛来個体数が高まるのではなか」という仮説を立て、野外操作実験を行いました。
水田とビオトープを準備
研究では2023年5月、兵庫県の耕作放棄田を復旧し稲作を行う水田と、湛水後に野放しにしたビオトープが準備されています。
水田では田植え前の6月上旬に代搔きを行ったほか、田植え後に除草剤を散布することで水生植物の繁茂を抑制。一方、ビオトープでは代搔きや除草剤の散布は行われず、水生植物が繁茂する状況に。翌2024年にはビオトープでも6月上旬に代搔きが実施されています。
代掻きによる植生抑制効果
その後、代搔きによる植生抑制効果を評価するために、2023年6月と2024年6~8月にドローンにより空撮された画像から植被率が計測されました。
さらにトンボ類幼虫、カメムシ類など水生昆虫と餌動物の個体数を評価するため、2年間6~10月の月1回、救い取り調査と個体数の記録が実施されています。
調査では水生昆虫の出現種51種のうち、30個体以上が確認された25種を対象とし、各年6~10月の合計個体数の比較がビオトープと水田で行われました。
植被率と水生昆虫の個体数
調査の結果、ビオトープにおいて代搔きを実施しなかった2023年の植被率は平均38%と、平均10%の水田と比較して高い傾向にあることがわかっています。

また、対象となった25種の水生昆虫のうち、初夏に繁殖をする5種(タガメやミズカマキリなど)の個体数は水田よりもビオトープの方が少ないことが判明。タガメに関しては、ビオトープで卵塊や幼虫が確認されなかったといいます。
一方、餌動物の個体数はミズムシを除けば、ビオトープと水田との間に差が表れていません。このことから、5種の水生昆虫はビオトープの高い植被率に飛来が妨げられている可能性が示唆されました。
開放水面により飛来数増加
研究グループが立てた仮説通りに、ビオトープと水田の植被率の違いが水生昆虫5種に影響を与えているのかどうかも調査されました。

結果として、代搔きを実施しなかった2023年にはビオトープで植被率が高く、間接的に5種の個体数に負の影響を与えていることが判明。一方、代搔きを実施した2024年には水田とビオトープの植被率に差がなく、5種の個体数は同等であったようです。
これらのことから、5種の水生昆虫たちはビオトープの代搔きにより創出された開放水面により、飛来する個体数が増加していると考えられています。
代搔きの効果を受けない生物も
今回、代搔きの効果を受けた水生昆虫として、開放水面を好むシオカラトンボや初夏に越冬場所から繁殖場所に飛来するタガメやコシマゲンゴロウが挙げられます。
一方、代搔きの効果がみられなかった20種については、水田やビオトープに隣接した溝で越冬する種、繁殖期が長いか初夏以降に繁殖する種だったようです。
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