クシクラゲは有櫛動物門に属する生物で、名前に“クラゲ”と付くものの一般的によく知られる刺胞動物のクラゲとは異なる分類群です。有櫛動物は櫛板(しつばん)と呼ばれる特殊な構造を持ち、これにより遊泳力を得ています。
一方、クシヒラムシ目のように特異な生態を示す分類群も存在します。大半のクシヒラムシ目は遊泳性の幼生で見られる櫛板が成長過程で消失し、成体においては櫛板が見られないといいます。
この櫛板についての発達および退縮のメカニズムはわかっていませんでした。そうした中、東京大学大学院の三浦徹教授らによる研究グループは、クシヒラムシ目のコトクラゲに着目。櫛板の発達と退縮の仕組みを明らかにしました。
この成果は『Zoological Science』に掲載されています(論文タイトル:Degeneration of comb plates during larval stages in a sessile platyctenid ctenophore, Lyrocteis imperatoris (Ctenophore, Platyctenida))。
ちょっと変わったクラゲ
クシクラゲは有櫛動物門に属する動物の総称です。
ゼラチン質の体はまさにクラゲといった感じですが、我々がよく知るミズクラゲ(刺胞動物門)などと異なるグループに属しています。カブトクラゲやウリクラゲは有櫛動物門の代表的な存在です。

このグループは刺胞を持たないことに加え、「櫛板」と呼ばれる構造を持つことが大きな特徴。この櫛板という特殊な構造は多数の繊毛からなり、有櫛動物の多くがこの櫛板を使って遊泳します。
櫛板が消失するクシヒラムシ目
多くの有櫛動物が櫛板を用いて遊泳する一方、クシヒラムシ目のように特異的な底生性の生態を示すグループも存在します。
なんと、この分類群における大半の種では幼生の時に見られる櫛板を成長過程で消失してしまうのです。しかし、このグループにおける櫛板の詳しい発達や退縮のメカニズムについては、全く分かっていませんでした。
成体では底生性となるコトクラゲ
こうした中、今回の研究では昭和天皇が発見したことでも有名なクシヒラムシ目のコトクラゲ Lyrocteis imperatoris に着目。ふ化直後から着底までの異なる日齢の幼生における櫛板の観察、体長と櫛板サイズの計測が行われました。
これらの観察の結果、体長に対する相対的な櫛板の大きさがは減少し続ける一方、櫛板サイズの絶対値はふ化後30日程かけて増加し、その後減少することが明らかになっています。

このことから、櫛板の成長が続く間は遊泳能力の減少が緩やかで、幼生では拡散能力を維持できると考えられています。さらに、櫛板の成長が退縮に転じると遊泳力が著しく低下し、着底後の生活に適した形態の発達が進むと推測されました。
このように、コトクラゲの幼生期は大きく2つのフェーズに分けられ、櫛板の成長停止と退縮を促進させる仕組みの獲得が、特殊な底生性の生態進化に大きく関わっていることが示唆されたのです。
特殊な生活史の解明に期待
今回の研究によりコトクラゲの幼生において、櫛板の成長から退縮への切り替えがふ化後の発生過程に起こることが明らかになりました。
今後、他のクシクラゲの形態形成過程などを比較することで、底生性という独特なライフスタイルがどのようにして進化したのか、解明されることが期待されています。
(サカナト編集部)