もう2025年も終わり。
今年、筆者が購入したり採集したりした魚のうち、特に印象的だった魚が、エイの仲間の「モノノケトンガリサカタザメ」です。
この魚は長崎など九州沿岸でまれに水揚げされるもので、これまでにも何度か入手するチャンスがありました。
しかし、そのたびに機会をことごとく逃してしまい、ようやく今回の入手ということになったのでした。
モノノケトンガリサカタザメとは
モノノケトンガリサカタザメRhynchobatus mononoke Koeda, Itou, Yamada and Motomura, 2020は、ノコギリエイ目・シノノメサカタザメ科・トンガリサカタザメ属に含まれる軟骨魚類です。
モノノケトンガリサカタザメ(撮影:椎名まさと)名前の「モノノケ」とは「物の怪」のことで、妖怪を意味します。これは腹面に三角形の模様があり、それが三角帽子(布頭巾?)をかぶった日本の伝統的な妖怪のように見えるからついた、とされています。
サメなの? それともエイなの?
モノノケトンガリサカタザメは標準和名に「サメ」の意である「ザメ」と入っていることや、大きくてサメのような背鰭や尾鰭の形からサメの仲間だと思われがちですが、エイの仲間です。
モノノケトンガリサカタザメの腹面(撮影:椎名まさと)サメの仲間もエイの仲間も、軟骨魚綱のなかの板鰓亜綱(ばんさいあこう)とよばれるグループに含まれており、鰓孔(さいこう)が5~7つ開いているのが特徴です。そのうち、体の側面に鰓孔がひらくものをサメ、腹面にひらくものをエイと呼んでいます。
つまり、モノノケトンガリサカタザメは鰓孔が腹面に開くことから、エイの仲間である、ということになります。
腹面を拡大したもの。黒い矢印が鰓孔(撮影:椎名まさと)
同じように名前に「サメ」とついているエイの仲間に、サカタザメやコモンサカタザメ、ウチワザメなどがいますが、これらの魚もほかのエイの仲間同様に、鰓孔は体の腹面に開いています。
カスザメの腹面には鰓孔がない(撮影:椎名まさと)一方、エイに似た外見をしたカスザメは鰓孔が体の側面にひらき、サメの仲間ということになります。
モノノケトンガリサカタザメ発見の歴史
モノノケトンガリサカタザメはある日突然、発見されたという種ではありません。少なくとも19世紀から日本近海で見られたものです。しかしながら、従来は「トンガリサカタザメ」として扱われてきました。
2020年4月、「長崎魚市場で巨大なトンガリサカタザメが水揚げされた」と、長崎魚市場で仲買をされている石田拓治さんからメッセージが届きました。購入を考えたのですが、残念ながら筆者の経済的事情は困窮し、さらに現地に向かおうとしても当時の世界的な情勢と、それに伴う航空需要の縮小などから購入を断念せざるを得ませんでした。
そのときの個体は幸いにも高知大学に送られることになり、無事に標本化。そして9月20日、鹿児島県薩摩川内沖で獲れた個体をホロタイプ(完模式標本)として新種記載され、モノノケトンガリサカタザメという標準和名もこのときにつけられたのです。
その際、先述の2020年4月の標本もパラタイプ(副模式標本)に指定。分布域は長崎県から鹿児島県笠沙までの東シナ海と、千葉県館山で、日本近海の固有種かもしれません。全長は少なくとも2メートルに達し、大きいものでは2.7メートルくらいになりそうです。
ホロタイプとパラタイプ
ホロタイプとはこの世で1個体しかない、唯一無二のもの。新種を記載するときに学名を担う標本となり、今回の例でいえば「Rhynchobatis mononokeという名前を担う標本」となります。
以降、新たな標本を入手し、それを記載するときなどはホロタイプ標本との照合を行う必要があります。
今回のように複数個体の標本をもとに学名をつける場合、ホロタイプ以外はパラタイプに指定。パラタイプは複数個体あってもよく、変異、性差、個体差などの特徴を示すことになります。