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<水の流れ>が日本を救う? 小説『死都日本』にみるインフラ整備と<水文学>

日本で起こり得る巨大な自然災害というと、近年では南海トラフ巨大地震などの大地震や大型化する台風被害などが取りざたされていると思います。

ところが、もしこれらの災害を凌駕する、近代文明国家そのものが吹き飛んでしまいかねない壊滅的な自然災害の発生が実際に迫っているとしたら?

そして、その災害について「水文学」が大きな役割を果たしているとしたら?

今回は、現実に起こり得る超巨大災害「破局噴火」を緻密に描いたディザスター小説『死都日本』(石黒耀著、講談社刊)をご紹介します。

小説『死都日本』のあらすじ

霧島山(提供:PhotoAC)

20XX年1月、宮崎県沖深さ30キロM7.2の地震が発生。霧島山山系の地下で大規模な火山性地震が確認され、日本政府は破局噴火の兆候を掴み秘密裏に対策準備を開始。

政府の対策メンバーに選ばれた火山学者の主人公は6月18日霧島火山の調査に出かけるものの、対策室の噴火予知を裏切るかたちで、同日16時19分から断続的に発生した水蒸気爆発が連鎖的反応を引き起こし、加久藤カルデラの地下10000メートルで深層マグマ溜まりが爆発、破局噴火が発生します。

プリニー式噴火で立ち上った噴煙柱は成層圏上層を超えて中間圏まで到達、これが勢いよく降下し数百度に達する火砕流・火砕サージが地上を覆い、瞬く間に都城市で140メートル、鹿児島市40メートル、宮崎市を80メートルの高温火山灰で埋め尽くしていきます。

南九州は物理的に壊滅、また関東地方まで広がる大量の降灰によって日本列島全体の社会インフラが次々と機能を停止、ただちに命に危険が及ぶレベルで空前の規模の避難民が発生していきます。

人公は噴火発生直後からこれを目撃し、持てる火山学の知識を総動員して迫りくる火砕流や副次的に発生する様々な困難からの生還を目指すというストーリー。読者は主人公の目を通して破局噴火の現実をまざまざと体験させられる、というわけです。

過去に起こった火山噴火との比較

破局噴火といっても、あまりにも規模が大きすぎて想像がつきにくいかと思います。そこで過去に起こった火山噴火の代表例を見て比較をしてみましょう。

9万年前、九州で阿蘇山大噴火(Aso-4)が起こります。火山灰の推定総噴出量は930~1860立方キロで火山爆発指数VEIカテゴリ7~8、火山灰は熊本や大分で50~100メートル、福岡で10メートル、最遠で北海道にまで到達し1~15センチの降灰したとされています。

富士山(提供:PhotoAC)

また、1707年に発生した富士山の宝永大噴火は、総噴出量が推定1.7立方キロほどで、火山爆発指数VEIカテゴリ5。

本作で発生する<加久藤カルデラ破局噴火>は作中で規模の推定値が触れられており、総噴出量は288立方キロで火山爆発指数はVEIカテゴリ7、熱エネルギー量でTNT火薬換算1兆キロトン、マグニチュード換算で約M10.4という設定です。

大規模火山噴火がもたらす降灰による破局的被害

火山噴火そのものによる物理的被害は防災工学的に対策が不可能だとして、実は近代文明にとって致命的になりうるのは噴火後の火山灰被害です。

まず降灰が10センチを超えると、道路網が通行不能になります。

また、吸気が必要な機器類に対して影響が出始め、安定的な発電の継続が困難に、かつ火山灰は水を含むと送電線のショートが起こり、大規模かつ長期的に広範囲な停電が発生するおそれがあります。

継続的な停電が発生すると、上下水道、鉄道、通信、病院などの基幹インフラが停止していきます。

火山灰そのものも人体への健康被害リスクがあります。

そして何より恐ろしいのは、ラハールと呼ばれる火山性土石流が起きることで、谷地や洪積平野に広がる住宅地や農地に壊滅的な被害が発生しうるのです。

内閣府は2018年、富士山の噴火をモデルケースとした対策検討ワーキンググループを実施。結果をまとめた資料を防災情報のページで公開しています。

防災の鍵は<水文学>?

『死都日本』は地学や火山学、防災工学、社会科学知識に裏付けされた緻密な描写で破局噴火がもたらす国家の壊滅的被害、地球規模の危機を克明にえがき出したことが評価され、著者の石黒耀氏は日本地質学会から表彰されています。

中でも、火山灰が近代文明にとって致命的な被害を与えかねないという事実は、衝撃的ではないかと思います。

作中で何度も触れられるのが、我々の文明社会の土台がいかに<水文学>を軽視して築かれ、結果的に火山灰に対する弱点をさらけ出すことに繋がっているという指摘です。

水文学とは、水の流れが自然環境にどのように影響を与えるのかを考える学問のこと。

日本では豊かな自然と引き換えに、川をせき止め、護岸で固め、海を埋め立て、水の流れとこれがもたらす恵みを強制的に支配することで、代わりにわずかしかない平野部に集住の地と産業基盤を得てきました。

護岸工事のイメージ(提供:PhotoAC)

火山灰が広範にうず高く降り積もり、そこに雨が降ると人知を超えた巨大土石流が流域を押し流す……。都市設計において、このような破局的水文学アプローチによる致命性は、これまであまり注目されてこなかったのではないかと思います。

事実、富士山噴火のモデルケースでは降灰量は少ないため、大規模ラハール(水によって火山砕屑物が流動性を持ち、重力に引かれて流動する現象)について記述はありません。

インフラ整備における漁業や生物環境分野のプライオリティ

なぜ水文学は重要視されてこなかったのか。

それは、例えばインフラ整備を進めていくうえで漁業や生物環境分野がこんにちの日本社会において高いプライオリティを与えられていないということにも繋がってくるかと思います。

川に設置されたやな場(提供:PhotoAC)

本書は、果たしてこの社会設計のあり方で正しいのかという社会哲学的な問いかけを投げかけている作品でもあるといえます。

海外では、防災工学的な観点や自然環境、観光への影響を考え、河口平野部の堤防を取り壊して氾濫原に戻したり、ダムを撤去するというムーブメントが起こっています。そして日本でも、環境への配慮が防災の現場に取り入れられ始めています。

本書を手にとって、ぜひそんなことにも想像を巡らせてみてはいかがでしょうか。

(サカナトライター:鈴川悠々)

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