生物学は日々発展しており、近年は分子系統学を用いた研究も進んでいます。
しかし、中にはあまり注目されてない分類群も存在し、基本的な情報ですら不足している生物も存在するのです。
ニハイチュウは二胚動物門に分類される生物の総称で、底生性頭足類の腎嚢(じんのう)で暮らしています。かつて、この生物を専門とする研究者はおらず、多くのことが謎に包まれていました。
そうした中で、大阪大学の古屋秀隆教授は二胚動物門の全体像を解明すべく研究を開始。これまでに多くの種を記載してきました。
さらに、7月17日に『Species Diversity』でオンライン公開された「“ Two new species of dicyemids (Phylum Dicyemida) from Octopus conispadiceus (Mollusca: Cephalopoda: Octopoda) in Japanese Waters”」ではニハイチュウを2種を新種記載しています。
尿の中で暮らすニハイチュウ
ニハイチュウは二胚動物門に属する生物の総称です。
この生物は底生性の頭足類(タコ類、コウイカ類)の腎嚢内部で暮らし、尿の中を生息地としています。寄生性の生物であるものの、宿主には害がないことがわかっており、気づかずに共生している可能性があるようです。
コウイカ類(提供:PhotoAC)また、ニハイチュウのつくりは多細胞動物の中で最も少ない細胞数から成ることが知られており、消化器、筋肉および神経系などの器官を一切持たない単純なつくりとなっています。
このことから、かつてニハイチュウは多細胞動物の起源的な形態を残す動物と考えられていましたが、最近の研究により寄生生活に適応するように特殊化した動物であることが明らかになっています。
ニハイチュウの生物学
ニハイチュウは、古屋秀隆教授が研究を始める以前は日本で4種、世界で69種のみが知られている程度でした。
それもそのはず、この生物を専門としている研究者は世界的に見てもおらず、ニハイチュウの進化的な位置付けや発生、生態、種多様性、ゲノムなど、生物の基本的な情報が不足していたのです。
こうした中で古屋教授は二胚動物門における問題を解明すべく、このグループ固有の特徴を明らかにすることを目的に研究を開始。調査と解析を通して二胚動物門の全体像を解明し、ニハイチュウの生物学の確立を目指したのです。
ニハイチュウの半数を記載
古屋教授は二胚動物門を研究していく中で、これまで多くの頭足類を対象に調査してきました。
その結果、これまでに世界で知られている二胚動物門のおよそ半分を記載し、その大半が日本沿岸で発見された種だといいます。古屋教授が記載したニハイチュウは50種を超えており、そのうちの1種であるコシダニハイチュウDicyema koshidaiは2005年に発表した常木和日子先生と古屋教授による論文で、恩師である故・越田豊先生に敬意を込めて命名されたニハイチュウです。
古屋教授が多くのニハイチュウを記載したことにより、日本の動物相の豊かさを寄生虫の世界からも示す形となりました。
光学顕微鏡を用いた観察が必要
ニハイチュウの分類では幼生と成体の外部形態のみならず、細胞の種類をすべて明らかにすることで記載を行います。
さらに、この生物特有の性質として、幼生と成体を構成する細胞数が種ごとに一定であることが知られ、細胞数の計数もするようです。
この際、肉眼での観察が難しいため、光学顕微鏡を用いた観察が行われ、頭部を構成する細胞の数、配列、形態など様々な部位の観察が行われています。
白糠町から新種のニハイチュウ
今回の研究では、北海道白糠町沿岸に生息するヤナギダコをサンプリング。厳冬の2月に白糠漁港でタコを解剖し、塗沫標本を作製したといいます。
その結果、ヤナギダコからニハイチュウの未記載種が2種発見され、「“ Two new species of dicyemids (Phylum Dicyemida) from Octopus conispadiceus (Mollusca: Cephalopoda: Octopoda) in Japanese Waters”」で新種記載されました。
白糠町(提供:PhotoAC)そのうち1種は古屋教授の恩師である常木先生に敬意を込めて、ツネキニハイチュウ Dicyemennea tsunekii と命名。もう1種は発見場所の白糠町に因み、シラヌカニハイチュウ Dicyemodeca shirarikaense と名付けられました。
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