アンコウとキアンコウはいずれもアンコウ目・アンコウ科を代表する魚です。この2種は見た目がよく似ていて、しばしば混同されます。
しかしながらこの2種は別属に分類されており、いくつか違いがあるのです。そこで、アンコウ科2種の見分け方やその特徴についてご紹介します。
なお、この記事ではわかりやすいように、現在使われている標準和名をカタカナ表記とし、地方名や現在使われていない和名などについてはひらがなで表記をしています。ただし引用元の文章で地方名や現在使われていない和名がカタカナ表記されていた場合のみ、カタカナで引用し、「※印」を添えるものとします。
アンコウ科とは
三河湾産のキアンコウ(提供:椎名まさと)アンコウ科の魚は日本では4属10種が知られているグループで、浅海から深海の海底に見られます。
その特徴は柔軟な皮膚をもち、上から押しつぶされたような頭部と、非常に大きな口を有している種が多いことや、背鰭棘のうち前方の何本かは分離し頭部にあるなどの特徴があります。
そして背鰭棘の先端に特徴的な「ルアー」をもち、海底で釣りをするように餌を誘うことでもよく知られています。
アンコウ属とキアンコウ属
日本のアンコウ科魚類の代表的な2種といえるアンコウLophiomus setigerus(Vahl, 1797)とキアンコウLophius litulon(Jordan, 1902)ですが、これらの種はアンコウ属とキアンコウ属という、それぞれ別の属に含まれています。
このうちアンコウ属は長いこと1属1種とされてきましたが、2024年に3つの新種が記載され、1種が復活し、合計5種が知られるようになりました。
ただし日本産アンコウ属魚類はアンコウのみ。一方でキアンコウ属はキアンコウのほか、大西洋を中心に合計7種が分布していますが、やはり日本に生息しているものはキアンコウのみです。
愛媛県八幡浜で水揚げされたアンコウ(アンコウ属)(提供:椎名まさと)大きさはアンコウが体長70センチくらい、キアンコウはより大きくなり、体長1メートルにまで成長。いずれも雌のほうが雄よりも成長がよく、大きく育ちます。
アンコウの仲間の雌雄における大きさの違いと言えば、雄が雌より著しく小さいミツクリエナガチョウチンアンコウなどのチョウチンアンコウの類を思い浮かべるような人もいるかもしれませんが、チョウチンアンコウの類ほど大きなサイズの違いはありません。
この2種ではどちらかといえばキアンコウのほうが評価が高く、よく流通し高値がつきます。一方のアンコウも、小型ながら美味で、底曳網漁業が行われている地域においてはよく流通しており、小型個体が多い分キアンコウよりも安価といえるでしょう。
ややこしい古い図鑑における和名
アンコウとキアンコウについてややこしいのは、1958年の『原色魚類大圖鑑』をはじめとする昔の図鑑においては「ほんあんこう」「くつあんこう」と呼ばれていたことが多いことです。
原色動物大圖鑑(1958)(提供:椎名まさと)だいたい魚の名前に「本ナントカ」とつける場合は、該当する魚が含まれる分類群の総称との混同を避けるためにつけられることが多く、例えばフグ目・モンガラカワハギ科の、種標準和名モンガラカワハギを「ほんもんがら」、カワハギ科のカワハギを「ほんかわはぎ」と呼称することがあったりします。
ということで、「ほんあんこう」は当然ながらアンコウのことを指す……と思いきや、これはキアンコウを指すようです。
一方、現在の標準和名アンコウを指す種は「くつあんこう」とされていました。『新釈 魚名考』によれば「くつ」とはヒキガエルのことで、形態や動作などがヒキガエルに似ていることからこの名がついた、としています。
魚類の形態と検索(1955)(提供:椎名まさと)一方、1955年の冬に出版された松原喜代松博士の『魚類の形態と検索』においては「キアンコウ」と「アンコウ(クツアンコウ)」という和名になっています。
その後1981年、日本魚類学会が編纂した『日本産魚名大辞典』の序のなかで、当時の日本魚類学会 石山礼蔵会長は「魚類研究が年々隆盛となる過程で、可能な限り正確な学名とそれに対応する普通標準名を決定することの必要性が痛感された」「本書は日本産のほとんどすべての魚種の和名と学名を掲げて和名の統一を図るとともに(中略)編纂した」と述べました。
この本の中でアンコウは「クツアンコウ」は別名として残るものの、標準和名は現在と同じ「アンコウ」に。キアンコウも同様に、「ホンアンコウ」という名称は別名として残りつつ、標準和名は「キアンコウ」となり、統一されました。
その後の図鑑・文献においても、「ほんあんこう」「くつあんこう」の名称は別名として使用されることがありますが、標準和名は原則『日本産魚名大辞典』に従うようになりました。
アンコウとキアンコウの見分け方
アンコウとキアンコウの見分け方はいくつかありますが、そのうちもっともよく知られているのは口腔内底部の斑紋です。
アンコウ属魚類では、ほぼすべての種で口腔内底部に斑紋が見られます(Lophiomus immaculioralis Chen, Lee and Chen,2024はのぞく)。
アンコウの口腔内底部に明瞭な白色斑がある(提供:椎名まさと)また、鰭条数は臀鰭で大きな違いがあり、アンコウでは臀鰭が6から7軟条なのに対し、キアンコウでは8~9軟条であるとされます。
キアンコウの口腔内には白色斑がない(提供:椎名まさと)上膊棘と呼ばれる、皮下に埋もれた肩部の棘の先端が2~3棘に分離することもアンコウの特徴で、キアンコウはこの棘が1本だけであることでも見分けることができますが、初心者には難しいかもしれません。
アンコウの上顎にはずらっと歯が並ぶ(提供:椎名まさと)さらには、歯の形状や数にも違いが見られ、アンコウでは上顎にずらっと歯が並ぶのに対し、キアンコウでは上顎に大型の6本の歯と、その後方に生える10数本の歯の間に歯がほとんどない「無歯域」があること、またアンコウでは下顎に前方で3から4列、後方で2列の歯が並びますが、キアンコウでは前方で1から2列、後方でほぼ1列に並ぶという違いもあります。
キアンコウの歯 上顎に無歯域が見える(提供:PhotoAC)しかしながら、口腔内の底部にある白色斑の有無をもとに同定するのが、初心者には一番わかりやすいかもしれません。ただし、白色斑は成長するにつれて不明瞭になることもあるので注意が必要とされます。
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