小学館の月刊誌『ゲッサン』で連載中の漫画『大海に響くコール』(遊維[小学館])は、シャチをめぐる高校生たちの青春を描いた海洋青春グラフィティーです。
物語は、高校2年生の中井かわずが、ふらりと訪れた水族館で偶然、同級生の神崎葵と出会うところから始まります。周囲に流されがちだった彼女が、神崎さんの揺るぎないシャチへの情熱、そしてシャチという圧倒的な存在に触れ、少しずつ“自分の好き”に向き合い始めていく──。
迷いや不安を抱えながらも、かわずが「私はシャチが好き!」と確信していく過程は、思わず応援せずにはいられません。まるで「何かに夢中になる前夜」に立ち会っているような高揚感は、多くの人にとってどこか懐かしい感覚でもあるでしょう。
『大海に響くコール』は、そんな“好き”という気持ちをまっすぐに肯定し、何かに夢中になることの尊さをあらためて思い出させてくれる漫画です。
「シャチを好きになる物語」を成立させる絵の力
作者の遊維さんは大阪府出身。2020年『RAIGO!』でゲッサン新人賞・佳作を受賞し、翌年『オレの初恋は叶わない。』で本誌デビュー。その後『百々目鬼』『恋のゴング』『瑠璃色パレット』といった短編を発表し、2024年から本作の連載をスタートさせました。
シャチ×青春という一見異色の組み合わせにたどり着いたのは、作者自身がシャチに心を奪われたことがキッカケでした。ただ、好きすぎるがゆえに「自分は本当にシャチが描けるのか?」と葛藤を抱いた時期もあったといいます。
シャチ(提供:PhotoAC)今では本作の大きな魅力の一つとなっている迫力あるシャチの描写。かわずが「シャチを好きになる」には、描かれるシャチに確かな説得力が欠かせません。遊維さんは自身の頭の中にある“理想のシャチ”を追い求め、試行錯誤を重ねながら少しずつその姿を形にしてきました。
こうした創作の舞台裏は『水族館人2 情熱と未来をめぐる15のストーリー』(SAKANA BOOKS[文化工房]2025)でも、たっぷり語られています。構想初期にあった驚きのエピソードなども収録されているので、気になる方はチェックしましょう。
最新第3巻で描かれる「シャチとの別れ」
読めば自然とシャチに詳しくなれる──それも本作の魅力です。
作中や巻末のおまけ漫画など、随所でシャチの生態が取り上げられ、青春物語でありながら同時にシャチについて考えるキッカケを与えてくれます。かわずの視点を通して驚きや感動を追体験するうちに、気づけばあなた自身も“シャチの沼”に足を踏み入れているはずです。
9月に刊行された最新第3巻では、かわずが高校3年生に進級。新しいクラスでの出会い、水族館での研究参加、そしてシャチの死が描かれます。誰よりもシャチを愛してきた神崎さんが喪失に打ちのめされ、学校に姿を見せなくなる………。その姿は読者に深い余韻を残します。
アース(提供:PhotoAC)今夏、現実でもシャチ好きにとって忘れられない出来事がありました。8月3日、名古屋港水族館で国内唯一のオスのシャチ「アース」が16歳で亡くなりました。物語と現実が重なり、「生きものである以上、必ず別れが訪れる」という事実が、より強く胸に迫ります。
かわずにとってシャチ好きの原点である神崎さんが、深い喪失の中で歩みを止め、2人がこれからどんな未来を進んでいくのか。物語はますます目が離せません。既刊3巻で今すぐ追いつけますので、この機会にぜひ手に取ってみてください
(サカナト編集部)