秋になり底曳網漁業が解禁されたところが多く、底曳網の魚が魚市場にならぶシーズンになりました。
底曳網漁業では様々な魚が漁獲されますが、近年は従来あまり利用されてこなかった種も積極的に食用として利用されるようになったものもいます。
そのうちの一種がベニテグリです。
このベニテグリ、なぜ最近まであまり利用されてこなかったのか不思議なほど美味な魚なのです。
ベニテグリとは
ベニテグリFoetorepus altivelis(Temminck and Schlegel,1845)はスズキ目(ここでは中坊編 2013年に従う)・ネズッポ亜目・ネズッポ科・ベニテグリ属の魚です。
大陸棚縁辺の水深100~250メートルほどの深さに見られる普通種です。属や種の標準和名に「ベニ」と名前に入ることからもわかるように赤い体が美しい魚です。
一方、「テグリ」というのはネズッポ科魚類のいくつかの標準和名や俗称につけられるもので、由来は諸説あります。
鶴田(2017)によれば「地方で手繰り網と呼ばれる底引き網(ママ)で行い漁によくかかる魚という意味から命名されたというのが定説となっているが真偽のほどは定かではない」としていますが、それより以前の榮川(1982)では「≪テグリ≫は、≪テクテク≫歩くこと。この魚が、海底を這い歩くように、前進することからいう」とあります。
かつては「あかのどくさり」という和名でも呼ばれていたことがあります。「のどくさり」というのはネズッポ科の別名のひとつでもあり、頭部に近いのどのところに内臓があるため鮮度が落ちるとそこから悪臭がすることから来ているとされます。
日本近海(~天皇海山)には、アミメノドクサリ、カンムベニテグリ、キンメイベニテグリ、ルソンベニテグリ、そして本種の合計5種のベニテグリ属魚類がいますが、通常市場に水揚げされるものはほぼこのベニテグリのみになります。
主に駿河湾、三河湾、三重県、土佐湾、長崎県など底曳網漁業が行われている地域の漁港で水揚げされています。
第1背鰭の第1棘条は雌雄ともに糸状に長く伸び、第2背鰭に桃色の斜帯が入ることなどが特徴。第1背鰭鰭膜部には暗色斑が入りますが雄では不明瞭で、外見上見られないものも多いです。
本種に限らず、ネズッポ科の魚には雌雄で斑紋が異なっている、という魚が結構いるのです。
一部地域ではベニテグリを「あかごち」とも呼びますが、標準和名でアカゴチと呼ばれる魚もいるので注意が必要です。
このアカゴチBembras japonicus Cuvier, 1829はスズキ目・カサゴ亜目・アカゴチ科に属する魚で、ネズッポ科とは亜目の単位で異なっています。
名前に「ゴチ(コチ)」とありますが、コチ科とはそれほど近縁なものではないようです。このアカゴチも底曳網で漁獲されており、唐揚げなどで美味しいですが実際は練製品の原料となる程度です。
ネズッポ科の魚たち~ネズッポ科魚類の多様性~
ネズッポ科魚類は世界で200種ほどが知られ、インドー中央太平洋、東太平洋(アメリカ西海岸では少ない)、大西洋の温帯から熱帯域に広く生息しています。
生息環境は種によって異なり、子供が遊ぶようなごくごく浅い海にすむものから、深い海にすむもの、砂底の環境を好むものからサンゴの枝間に潜むものなど色々な種が知られています。
なかには河川や湖にすむものまでおり、カンボジアのトンレサップ湖やメコンデルタにすむTonlesapia属の2種が有名です。
韓国や中国に分布するネズッポ属の種Repomucenus olidus (Gunther, 1873)は、ふだんは汽水域に見られるとされますが、河川の純淡水域に出現することもあるようです。
食用としてのネズッポ科
ネズッポ科の魚は日本からも 40種弱が知られていますが、食用になるものはあまり多くありません。
一般的にある程度大きく育つネズミゴチやトビヌメリ、ヨメゴチといった種類が好まれ、ハタタテヌメリやホロヌメリのような小型種はあまり好まれないようです。
またヤリヌメリなどは非常に強い臭気を放つ個体もおり、そのようなものは食用には向きません。
このほかの利用として、一部の種は観賞魚として飼育されることがあります。
しかしながらその飼育は難しく、とくに派手で美しいマンダリンフィッシュことニシキテグリPterosynchiropus splendidus(Herre,1927)はベテランでも長期飼育は難しいものとされます。
またベニテグリも底曳網漁業により漁獲されたものが観賞魚として販売されることがごくまれにありますが、水温の関係上、一般に販売される、カクレクマノミなどの熱帯性海水魚との混泳は一切できませんので注意が必要です。