南日本太平洋岸で見られるサツマカサゴは、擬態の名人です。海底でじっとしていて、岩と見分けがつかないこともあります。
獲物を捕食するのに有利かと思いきや、そんなにうまいことはいかないようです。
サツマカサゴは食用にもなりますが、背びれの棘に毒があり、要注意の魚でもあります。
サツマカサゴとの出会い
筆者は2006年7月、高知県の浅い海を歩いていました。水着に水中用のシューズを履いて、マスクとシュノーケルをつけ、片手には網を持ち海の中を見ながら歩くというスタイルです。
砂底から転石帯に移行する地帯を歩いていると足元の岩が突然動き出し、大きなオレンジ色をした胸びれ(の内側)を見せて威嚇しながら去っていきました。
岩だと思っていたのは、サツマカサゴだったのでした。
網で掬って水槽に入れてみると、本当に岩によく似ています。
このように白っぽい色なら逆に目立ってしまうようにも思えます。しかし、実際に高知県の磯というのは造礁サンゴが見られ、死んだサンゴが転がっているところも多く、海中の砂も場所によっては白っぽいので、うまく擬態できているようです。一方砂が黒いところだと、このような色彩は不利になります。そのようなところでは黒っぽいものが多いように思います。
オニカサゴ属に属するサツマカサゴ
サツマカサゴScorpaenopsis neglecta Heckel,1837は、スズキ目・フサカサゴ科・オニカサゴ属の海水魚です。
フサカサゴ科の魚には、ミノカサゴの仲間のように背びれや胸びれが大きく派手なものもいますが、オニカサゴ属の魚は概ね「典型的な」カサゴの仲間らしいシルエットをしています。
この属の魚はインド~中央太平洋の熱帯・亜熱帯域や温帯域に生息しており、日本においてもこのサツマカサゴや属の標準和名になっているオニカサゴなど13種が知られています。
ただし、オニカサゴ属の魚は互いによく似ていることも多く、同定が難しいグループでもあります。
サツマカサゴの胸びれの外側は体色とあまり変わらない色をしていますが、胸びれの内側には鮮やかな黄色域がありその外縁は黒色になります。
泳ぐときはこの胸びれの色を見せながら逃げていきます。ホウボウが胸びれを広げて驚かすのと似た感じでしょうか。
なお、「オニカサゴ」「オニカサゴ属」という標準和名ではありますが、深場の釣りの対象魚であり、釣り人のいう「鬼かさご」は、種標準和名でいうイズカサゴやフサカサゴなどのことをいいます。
これらの種はオニカサゴ属ではなくフサカサゴ属の魚。またフサカサゴ属の魚は多くが水深50メートルを超える深さの場所にすむのに対し、オニカサゴ属の魚は多くの種が浅い岩礁域に見られます。
ただしごくまれに、水深100メートルを超えるような深さから漁獲されることもあります。
こんなに深い海にも……!?
サツマカサゴは浅海の海底にいることが多いですが、先述したように意外な深さでも漁獲されることがあります。
2009年、沖合底曳網漁船に乗せてもらった時のこと、水深150メートルほどの深さを曳いた際に変わった魚が網に入りました。それが、サツマカサゴでした。
このとき漁獲されたサツマカサゴは、全身が黒っぽいタイプの個体。
この個体が生息していた環境はわからないですが砂泥底であると推測されますが、そもそもこのくらいの深さでは太陽の光も浅瀬ほどは届かないので、このような色彩が生存に有利なのかもしれません。
なお、全身が黒くても胸びれ内側の色彩は、浅い海で見られる一般的なサツマカサゴと似たような色彩でした。
タイドプールのサツマカサゴ
サツマカサゴは、水深1メートルもないようなタイドプールにも姿を見せることがあります。高知県のタイドプールでも10センチほどの個体を見ています。
秋が深まるとタイドプールに小さな幼魚が出現し、容易に採集することができます。
可愛い姿をしており、お持ち帰りしてみたくなりますが、このくらいの大きさのものは餌の確保が難しいため飼育はおすすめしません。またサツマカサゴは成魚も最初は生きた餌が必要になるなど、いろいろ難しいところがあるのです。
サツマカサゴとそっくりなニライカサゴ
ちなみにサツマカサゴとそっくりなものに、ニライカサゴという種がいます。従来は「セムシカサゴ」と呼ばれていたのですが、差別的な名称であるとし、2004年に改名されています。
筆者は2007年、ニライカサゴの成魚を高知県の魚市場で見ていますが、それ以降見ておらず、さらに写真も撮れていませんでした。
ニライカサゴの成魚はサツマカサゴとは外見が大きく異なっているのですが、幼魚は互いに非常によく似ており、筆者は見分け方を知りません。上の写真は暫定的にサツマカサゴとします。
サツマカサゴとソラスズメダイ
サツマカサゴは“擬態の名人”。サツマカサゴの体色には変異も多いのですが、黒っぽい岩が多いところでは黒っぽい色彩、白い砂や死サンゴなどがあるところでは白っぽい色彩をしているものが多いように思います。
写真は高知県の水深1メートル程の場所でみつけたサツマカサゴなのですが、実は最初、捨てられた軍手のように思っていたのです(農村地帯の海なので軍手などはしばしば落ちている)。
その中や下には変わった魚が隠れていることも多く、掬いあげようと網を向けたら突然動き出したのでした。サツマカサゴが岩に擬態して、ソラスズメダイを狙っていたのです。
サツマカサゴがいるところにソラスズメダイが大量に群がっていました。「モビング」と呼ばれる行動のようです。
これは「擬攻撃」ともいわれ、バードウォッチングの世界ではよく知られているものです。タカ類など捕食性の強い鳥類を小鳥が群れをつくって追いかけ、それを追い払うというものです。
ソラスズメダイのとった行動もほぼ同様のものと思われるのですが、サツマカサゴに捕食される危険性を避けるためか、ちょっと離れたところから「ここにサツマカサゴがいるから危ないぞ」と、他のソラスズメダイに警告を促している行動をしているようにも見えました。
こちらはカサゴ。発見した際、私がカサゴを凝視したら別の場所へ俊敏に逃げていきました。
遠くから観察すると、その逃げた先にはソラスズメダイがおり、あっという間にソラスズメダイに囲まれてしまい、「これはたまらん!」と思ったか、再びカサゴは逃げていったのでした。
カサゴの仲間も、餌にありつくのは決して楽なものではないのです。
サツマカサゴを飼育する
サツマカサゴは浅い所におり、逃げ足もそんなに早くなく、網で採集するのは難しくはありません。このサツマカサゴを採集して持ち帰り飼育を試みました。
ただしサツマカサゴの飼育は難しいところがあります。というのも、少なくとも最初のうちは生きた餌を与える必要があるからです。最初はカタクチイワシの切り身などを与えましたが、反応しませんでした。
クリル(オキアミを乾燥させた熱帯魚用エサのこと)をピンセットで動かしても無視。このままだと餓死してしまうので、近くの海でイソスジエビなどを与えたらすぐに捕食しました。しかし残念ながら餌を定期的にやることは難しく、長生きさせることはできませんでした。
飼育の注意点はほかにもあります。サツマカサゴは先述したように獰猛な肉食魚でもあります。そのため混泳しているほかの魚を捕食するおそれもあります。
ですから、捕食の対象になりやすいハゼの仲間やイソギンポの仲間はもちろんのこと、スズメダイやチョウチョウウオの類なども避けたほうが無難です。
もちろん、「サツマカサゴを飼育していたがほかの魚を襲うので飼えなくなった」と海に放すようなことはしてはいけません。
有毒棘に注意
サツマカサゴなどフサカサゴ科・オニカサゴ属の魚は背びれなどの棘条に毒があることが知られており、このサツマカサゴについても少なくとも背びれの棘条に強い毒があるため刺されると危険とされています。
同じように背びれに毒棘を有しているオニダルマオコゼの場合、刺された場合は基本的にやけどしない程度のお湯(真水)に患部をつけると痛みが和らぐとされています。
サツマカサゴは磯採集で出会うことがあるほか、釣りであったり、定置網漁業などでかかることもあり、一部の地域では鮮魚店などでもまれに出ることがあります。
筆者は食べたことがないですが、肉量が多く美味とのこと。捌く機会がある場合、背びれの毒棘や頭部の棘にお気をつけください。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
橋本芳郎(1977)、魚介類の毒、学会出版センター
小枝圭太・畑 晴陵・山田守彦・本村浩之編(2020)、大隅市場魚類図鑑、鹿児島大学総合研究博物館、
本村浩之・吉野哲夫・高村直人(2004)、日本産フサカサゴ科オニカサゴ属魚類(Scorpaenidae: Scorpaenopsis)の分類学的検討、魚類学雑誌.51(2):89-115.
本村浩之・松浦啓一(編)(2014)、奄美群島最南端の島 ― 与論島の魚類、鹿児島大 学総合研究博物館鹿児島市・国立科学博物館
中坊徹次編(2013)、日本産魚類検索 全種の同定 第三版、東海大学出版会