2024年も年の瀬。水族館好きの筆者は今年、北は北海道(小樽市の「おたる水族館」)から南は九州(福岡市の「マリンワールド海の中道」)まで35ヶ所の水族館を訪問しました。
水族館には、うっかり油断すると見過ごしてしまいそうな、ちょっとマイナーな水槽展示があります。数ある水族館の中から、特に心に残った展示を3つをご紹介します。
密かなこだわりに感動! 海響館の淡水フグ展示
山口県下関市のにある「市立しものせき水族館・海響館」。同市はフグ(ふく)料理が名産ということもあり、世界各国のフグ目魚類を多数飼育しています。
そんな海響館の中でも特に注目したいのが、淡水フグの展示です。
淡水フグの展示コーナーでは、7つの水槽に1種類ずつ、計7種類の淡水フグが展示されています。この水槽群の密かなこだわりポイントは、「フグと水草の産地が揃えられている」ということ。
南米淡水フグの水槽には、南米産のエキノドラスの仲間が植えられています。
東南アジア産のハチノジフグの水槽には、同じく東南アジア産の水草であるミクロソラムやクリプトコリネの仲間で彩られています。
そして、一般的には「汽水フグ」とされるハチノジフグをおそらく純淡水で飼育しているのも、興味深いポイントです。
アフリカ産の小型淡水フグ、テトラオドン・ショウテデニィ。こちらの水槽は、同じくアフリカ産の水草・アヌビアスの仲間でレイアウトされています。
この「魚と水草の産地を揃える」という展示手法は他の水族館でもしばしば見られますが、肉食性の強いフグの場合は「エビや貝などのコケ取り用生体を食べてしまう」という難点があり、長期維持するのは実はかなり難易度が高いのでは、と思います。
地味ながら、非常に手のかかる展示方法です。そのこだわりが解説のどこにも触れられていないというのが少しもったいなくも感じるのですが、だからこそ自分で気付いた時の驚きと喜びは格別でした。
なお、「市立しものせき水族館・海響館」は現在改修工事中のため、2025年の夏ごろまで休館となっていますのでご注意ください。
上は淡水、下は海水 アクアマリンふくしまの「海と川の境界線」
福島県いわき市の「アクアマリンふくしま」。サンマの累代飼育展示や、バショウカジキの採集・展示、そして今年はリュウグウノツカイの卵の展示などでも話題となった、日本有数の水族館です。
私が今年最も多く足を運んだ水族館の1つでもあり、推しポイントは多々あるのですが、今回は汽水水槽の「淡水と海水の境界線」を紹介します。
開放感のあるガラスドームと、目の前に広がる「潮目の海」の大水槽に目を奪われがちですが、今回取り上げるのはその手前にある、「汽水域の干潟を再現した水槽」です。
この水槽を覗きこんでよく観察すると、水中になにやら境界線があることに気付きます。
実はこれ「上層部は淡水、下層部は海水」という二層構造。河口域で、河川から流れてくる淡水(比重が軽い)に海から遡上した海水(比重が重い)が入り込む「塩水くさび」という現象が再現されているのです!
この境界部分を魚たちが泳ぎ回ると、淡水と海水が混ざりあい、陽炎のようなモヤモヤ(シュリーレン現象)を見ることができます。
以前この水槽を掃除されていた飼育員の方に声をかけてお聞きしたところ、水槽後方の目立たない場所に注水口があり、そこからごくゆっくりと淡水・海水をそれぞれ注水することで、この二層構造を作り出しているのだそうです。
ところで、これまで掲載している写真は2020年~2024年にかけてそれぞれ撮影した物で、実はどれも撮影した年代が異なります。
筆者が2006年に訪問した時点で、既にこの「塩水くさびの二層構造」がありました。それから今日に至るまで、少なくとも18年。しかも、その間に東日本大震災で大きな被害を受けています。
それほど長期にわたり維持されている展示でありながら、水槽周りのどこにも「塩水くさび」のことが解説されていません。無色透明な水に隠された、まさに“ステルスすぎるこだわり”です。
薬味なんかじゃない! ワサビが主役の滝つぼ水槽
静岡県沼津市にある「伊豆・三津シーパラダイス」。筆者は今年、実に8年ぶりに訪問することができました。
以前の訪問時にはまだ無かった「イズリバ」という淡水展示コーナーの一角には、水族館の展示では珍しい植物が植えられていました。
それが、ワサビ!
滝つぼを再現し、水中部分にはイワナが泳ぐというオープンな半水面展示。その陸地部分に植えられているのは、地元・伊豆の名産品、ワサビです!
ワサビの育成には冷たくて綺麗な水が必要で、通常は湧水地のわさび田で栽培されています。
水族館で、しかも光量の限られる屋内水槽で展示されているのは驚きです。地元・伊豆のわさび農家さんの協力で、数年前から展示されているそうです。
普段なかなか意識したことはないですが、ワサビのライムグリーンが美しいこと!
ワサビを植物としてじっくり観察する機会はあまりないですし、地元の特産品をうまく取り込んだ素晴らしい展示だと感じました。
食卓では魚(刺身)の添え物的な存在のワサビですが、ここではれっきとした主役です!
同館では他にも、2021年に研究室風の展示コーナー「みとしーラボ」がオープンするなど、8年ぶりに訪れた「三津シー」は大幅にパワーアップしていました。
屋外のイルカプールの一角では、なんとシイラが何匹も飼育されていて、エサやり体験もできるようになっていました。こちらは、数年前から夏期限定で続いている展示のようです。
水面直下を間近に泳ぐシイラはとても美しく、胸ビレがあんなに青く鮮やかに輝くなんて、今まで知りませんでした。
海獣展示のイメージが強い伊豆・三津シーパラダイスですが、魚好きにも楽しめる展示が多く、久々の再訪問でその魅力を再認識しました。
来年も「密かな推し展示」を追い求めたい!
水族館の人気コンテンツといえば、派手なショープログラムや、大水槽やクラゲ展示のような「映える」水槽展示が王道なのでしょう。その裏であまり目立ちませんが、今回ご紹介したようなちょっと地味だけど工夫に満ちた魚類展示があるのです。
たとえば魚名板にも載っていない生き物を見つけたり、解説板にも載っていない密かな展示の作り込みを発見したりすると、たまらなく嬉しくなります。もしかすると、野外(フィールド)で普段は見過ごしてしまうような生き物を発見した瞬間と、近しい感覚なのかもしれません。
来年も、そんな新たな推し展示に出会えればいいな……と楽しみにしています。
(サカナトライター:アル)