サーモンの食文化は、時空を超えた旅をしてきました。
ノルウェーの冷たい海風と日本の四季折々の風情が、互いに遠く離れながらも不思議な共鳴を見せます。
サーモンはどのようにして日本に普及していったのでしょうか。
ノルウェーと日本における伝統的なサーモン文化
ノルウェーでは、古来より海の恵みをいかに美味へと昇華するか、職人たちが秘密の技法を伝授してきました。そして、その技は、ただの保存法に留まらず、味覚の詩とも言える程の深淵な味わいを生み出したのです。
サーモンは塩漬けにされ、煙に包まれて燻製に、または地中に埋めて「グラブラックス(gravlaks)」といった発酵食品に。

後に、ディルという香草、塩、砂糖を合わせたものに浸けたものをグラブラックスと称するようになり、定番の食材として定着していきました。
日本のサケは干物や塩漬けが一般的
一方の日本では、和食の繊細な感性に支えられ、かつてはアイヌ民族の冷凍食技法ルイベの例外を除き、非加熱の状態はほとんど目にすることはありませんでした。
というのも、日本に古来よりいたサケはアニサキスをはじめとした寄生虫がいる場合があり、生食には向いていなかったのです。
そのためサケの食法に関しては、まず干物や塩漬けにするのが一般的。調理については火を通し、煮る、焼くといった手法が重んじられました。
ノルウェーサーモンの日本への輸出の歩み
時は流れ、20世紀の大海原を越えた輸出船が、ノルウェーから日本へとサーモンを運ぶようになります。
1989年になると、ノルウェーの養殖業者は日本への市場形成とノルウェー産のタイセイヨウサケを知ってもらうためのキャンペーンを実施。1988年にはノルウェーから輸入されるサケは日本のサケ・マス輸入量の数パーセントにも満たなかったものの、2012年には冷凍で輸入されるサケ・マスのおよそ9割がノルウェー産になりました。

輸出が始まると、未知なる旨味はやがて日本の食卓に旋風を巻き起こし、経済的にも文化的にも新たな地平を拓く契機となったのです。
現代の日本でのサーモン
現代の日本において、サーモンは寿司の上で輝きを放ち、まるで昔から寿司として食べられていたと感じるほどに馴染んでいます。
また、サーモンは寿司や刺身としてしか食べられていないわけではありません。
スモークサーモンは養殖をはじめとした多くの料理で使われますし、ムニエルとして食べるのが好きな方も多いでしょう。

持続可能な漁業への取り組みが求められる時代に
そうして、市場動向は需要の高まりを示し、同時に持続可能な漁業への取り組みが求められる時代となりました。未来へと続く海の物語は、我々に豊かな味覚と共に、地球への敬意をも問いかけるのです。
現在、日本では海に負担をかけない完全陸上養殖の研究も進んできています。
ご当地サーモンというトレンドが全国に広まり、陸上で養殖されたサーモン(サケ・マス)を見ることももはや当たり前になってきました。
このようにサーモンは遥かなる歴史の流れの中で、北欧の厳しい風土と日本の繊細な美意識が交わる奇妙な交響曲として、今もなお私たちの舌先に新たな感動をもたらしています。
(サカナトライター:華盛頼)
参考文献
ニコラース・ミンク、大間知知子(2014)、鮭の歴史、原書房