よく似たウマヅラアジ
イトヒキアジによく似たアジにウマヅラアジScyris indica(Ruppell, 1830)という魚がいます。ウマヅラアジはかつてイトヒキアジ属のなかに含められていましたが、現在はウマヅラアジは別のウマヅラアジ属とされています。

イトヒキアジ属はイトヒキアジのみの1属1種で、ウマヅラアジ属はウマヅラアジのほかにアレクサンドリアポンパノという、地中海と西アフリカに分布する大西洋産種を含みます。
従来は、イトヒキアジ、ウマヅラアジ、アレクサンドリアポンパノの3種はいずれもイトヒキアジ属のなかに含められてきましたが、2021年に従来のCarangoides属およびその近縁属の分類学的再検討が行われ、ウマヅラアジとアレクサンドリアポンパノの2種についてはイトヒキアジとは別属とされ、ウマヅラアジ属にうつされました。
昨今、分子系統学的解析が盛んで、この分類学的再検討も分子分類学的解析の結果といえますが、従来通りの形態的な特徴も組み合わされています。

イトヒキアジとウマヅラアジは頭部の形状で見分けることができます。イトヒキアジは頭部の眼前方の背縁(矢印)が突出し、ウマヅラアジのその部分ではわずかに凹むことが特徴です。
また成魚は眼と口の間隔が広かったりすることでも見分けられるかもしれません。
イトヒキアジとウマヅラアジの違い 正面からみた口の上方の形
もうひとつ、イトヒキアジとウマヅラアジを外見で見分けるためのわかりやすいポイントは正面からみた口の上方、上唇背縁のかたちで、イトヒキアジの上唇背縁は結合部付近で円くなり上方に突出するのに対し、ウマヅラアジでは上唇背縁は結合部付近で急激に突出する形状になることで見分けられます。

幼魚においてはイトヒキアジの幼魚は腹鰭軟条が伸びないのに対し、ウマヅラアジの幼魚は腹鰭軟条も糸状に伸びることでも見分けられますが、やはり成長すると腹鰭の軟条は短くなってしまいます。
ウマヅラアジも大型種で全長1メートルを超えるくらいになります。ウマヅラアジはやや南方を好むらしく、日本においては山口県、宮崎県、鹿児島県、沖縄本島などで確認されている程度です。
海外ではインド~西太平洋に産しますが、大西洋では見られません。
イトヒキアジは美味しいぞ!
「アジ」という名前は『新釈 魚名考』によれば、「美味な魚の意であろう」とされています。しかし、同じ本では「肉は少なくて、まずいため食用にはせず、観賞魚にしている」との記述が見られます。
実際にはイトヒキアジもほかのアジ同様食用になっており、たとえば1975年の『魚類図鑑 南日本の沿岸魚』においてはイトヒキアジは食用魚という記述もあります。
一方で有名な山と渓谷社『日本の海水魚』では、食用としている旨の記述があるものの、「やや独特な匂いがある」という評価になっています。
しかし、筆者は何度もイトヒキアジを食しているものの、実際にはそのような独特な匂いは感じられませんでした。なお、調理法としては刺身とフライで食しています。
イトヒキアジを刺身で食べてみた
下記写真は2012年に撮影したもので、底曳網漁業により漁獲された体長30センチ弱のイトヒキアジを刺身に。身はとくに匂いもなく、ほかのアジほど脂はのっていなかったものの、さしみ醤油で美味しくいただきました。

続いて、先述の大型個体のお刺身。イトヒキアジの刺身は身が白くて美しく、脂ののりが非常に良さそうに見えます。

実際に美味しいのですが、脂が非常によく乗っており、なかなか全部は食べきることができず、このひとつの皿に盛られた分をすべて食べるのに2日もかかりました。
刺身を食べきるのは時間がかかり、もう半身は別の料理でいただくのがいいのではないかと判断。ということで、もう片方の身はフライにして食べました。

これが大当たりで、やわらかい身が食べやすく、脂もほどよく美味しくいただけました。
イトヒキアジは大型になるアジ科としては比較的安価であり、漁師さんもあまり利用しないのか、それなりの大きさのものでも「未利用魚」として扱われていることがあるようです。
しかしながらかなり美味しいため、販売されているようでしたらぜひとも食べてみてほしいと思います。