冷水性の大型カニ類「ケガニ」。
本種は国内でオホーツク海から太平洋沿岸と日本海沿岸に広く分布しており、特に北海道ではケガニが重要な水産資源として知られています。一方、本種の漁獲量は減少しており、道内では資源量の回復を目指した取り組みが行われてきました。
そうした中、東京理科大学の竹内謙教授を中心とした研究チームは、ケガニの成長や繁殖の仕組みを解明すべくプロジェクトを始動。眼柄ホルモンに着目し、その機能を解き明かしました。
この研究成果は『General and Comparative Endocrinology』に掲載されています(論文タイトル:Characterization of a crustacean hyperglycemic hormone of the horsehair crab Erimacrus isenbeckii.)。
北海道における重要水産種ケガニ
ケガニは冷水性の大型のカニで、オホーツク海から太平洋沿岸、日本海沿岸に広く分布します。
このケガニは北海道における重要な水産資源ですが、漁獲量が大きく減少。道内では甲長が8センチ以上のオスしか漁獲できないルールが設けられ、資源回復に向けた取り組みが行われてきました。

北海道の中でも噴火湾に面した長万部町はケガニの名産地ですが、この地域でも近年はケガニの漁獲量が減少しています。
そうした中、東京理科大学の竹内謙教授を中心とした研究チームは、ケガニの成長・繁殖の仕組みを解き明かすプロジェクトを始動しました。
重要な役割を果たす眼柄ホルモン
基本的にケガニを含む十脚目甲殻類では眼柄に支えられた複眼をもっており、その根元にはサイナス腺と呼ばれるホルモンを作り分泌する役割を持つ組織があります。
眼柄ホルモンはこれまでにサクラエビやクルマエビなど、国内外における重要な水産種で研究が進められてきました。
一方、ケガニの眼柄ホルモンに関する研究は全く行われておらず、眼柄ホルモンにより制御されている成長や繁殖の仕組みは謎だといいます。

こうした中、今回の研究ではケガニの眼柄ホルモンに着目。水揚げされたばかりのケガニの眼柄からサイナス腺を摘出し、液体クロマトグラフィーとRNA-sequencing技術により、ケガニの眼柄ホルモンの解析を実施しました。
また、単離して精製した眼柄ホルモンの機能を解明するためには、生きた状態のケガニを用いた生体実験が必須とされています。そこで、研究では飼育が難しいケガニの代替種として、タイワンガザミを用いた生理実験が行われました。
眼柄ホルモンの分析
この研究では、ケガニの雌雄ごとで繁殖に関わるホルモンを探索することも目的に含まれていました。そのため、まずは雌雄それぞれのサイナス腺から眼柄ホルモンの探索が進められています。
サイナス腺抽出物の逆相液体クロマトグラフィーの結果では、雌雄それぞれの眼柄ホルモンの組成が非常に似ており、雌雄で共通して2つの大きなピークが検出されてました。
この大きなピークのうち1つを取り出し、質量やアミノ配列を調べたことにより、ホルモンの性質が判明。加えて、RNA-sequencing分析からホルモンの塩基配列も明らかになっています。
甲殻類血糖上昇ホルモン「ケガニCHHa」
これらの結果から、このホルモンがカニ・エビの仲間に共通して血中のグルコース濃度の恒常性を保つ作用を持った「甲殻類血糖上昇ホルモン」であることが分かり、「ケガニCHHa」と命名されました。

CHHは他の甲殻類においては血糖値上昇が報告されているため、ケガニCHHaでも同様の作用があるかどうか調べられています。
しかし、ケガニを実験で扱うのが難しいため、この実験ではタイワンガザミが用いられました。
血糖値上昇作用が明らかに
両眼の眼柄を切除したタイワンガザミを2日間何も与えずに飼育すると、血糖値が大きく低下します。
この状態のケガニCHHaを注射したところ、2時間後には血糖値が大き上昇。一方、生理食塩水のみを注射したグループでは変化がみられていません。
これらのことから、ケガニCHHaも他のCHHと同様に血糖値上昇作用を持つことが示されたのです。また、この研究により、ケガニの眼柄ホルモンについて、タイワンガザミを用いて解析することが可能であることも明らかになりました。
ケガニの成長と繁殖については謎が残る
今回の研究によりケガニの眼柄ホルモンについての知見が蓄積されたほか、タイワンガザミを用いた代替生理実験法の確立にも成功しました。
いまだ、ケガニの成長・繁殖の仕組みについては謎に包まれていますが、今後、今回の研究成果が、ケガニの成長促進 ・繁殖効率化を促す新技術の開発に貢献することが期待されています。
(サカナト編集部)