「真珠」と聞けば、皆さんは何を想像するだろうか。真珠といえば、やはりあの独特の光沢を持った宝石であろう。
普段私たちが目にする真珠はその多くがアコヤガイを中心とする貝類が異物(養殖真珠では貝殻の切片)とともに真珠層を形成する外套膜を巻き込んで作り出すものであり、宝石として珍重される。
ところで、貝類以外によって作り出される「珠(たま)」の話があるといえば、皆さんは興味を持たれるのではなかろうか。
カブトガニが「珠」をつくる……?
筆者の手元にサイエンスハウス刊『歴史の中のカブトガニ 古文書でたどるカブトガニ』という1冊の本がある。10年ほど前、偶然本屋で見つけたものだ。この本は、日本や中国の古い文献にみられるカブトガニの情報をまとめたものである。
この本には、なんとカブトガニが「真珠」のような物体を体内で生み出すという話が載っていた。しかも中国の古文書には度々「鱟珠」という名で登場するという。
例えば九世紀末に成立した『北戸録』では「粟の実のようで、色は黄色い」と記されており、媚薬(惚れ薬)になる、という情報まで書かれているらしい。また、「鱟珠」の材質はカブトガニの甲と同じキチン質で、そのため茶色もしくは黄色っぽい珠になる、とも、この本の著者は述べている。
カブトガニってどんな生き物?
カブトガニは鋏角亜門カブトガニ目に属する節足動物で、ヘルメットのような形状の前頭と、鋭く尖った尾部が特徴的な海棲生物である。
その姿は約2億年前から変わっておらず、「生きた化石」と呼ばれる。日本では瀬戸内海や九州北部の干潟に生息しているが、近年ではその数を大幅に減らし、岡山県の笠岡市のものは天然記念物に指定されている。
カブトガニは名前に「カニ」と付くが、鋏角類という種類の生き物でありカニを含む甲殻類とは分類的にも遠い(同じ鋏角類にはサソリやクモが含まれる)。
カブトガニがつくる「珠」について専門家に聞いてみた
この話をつい最近思い出した筆者は、事実なのか確かめるべく、日本唯一のカブトガニ専門の博物館、岡山県にある笠岡市立カブトガニ博物館にメールで問い合わせをした。
数日後、なんと館長様から直々に返信をいただいた。館長様からのメールを要約すると、
「『歴史の中のカブトガニ』に鱟珠の記述があるのは確認しております。しかし私も当館学芸員もそのような珠を見たことはありません。以前、カニの体から珠を取り出したことは一度だけあります。カニ類ではまれにみられるようです」
とのことである。残念ながらカブトガニ博物館の館長様でも鱟珠を見たことはないようだ。
「鱟珠」の謎は複雑怪奇
残念ながら今回の取材ではカブトガニが珠を作る話の裏付けを得ることができなかったが、カニ類で似た現象がみられるという興味深い話を新たに聞くことができた。
今後、『歴史の中のカブトガニ』の著者にも問い合わせをし、「鱟珠の謎」についてより探求したいと思う。
(サカナトライター:宇佐見ふみしげ)