魚を発酵させた特産品「くさや」
「くさや」とは伊豆諸島(新島、八丈島、大島、利島、神津島、御蔵島、青ヶ島)のみで作られている魚を使った発酵食品です。特に新島、大島、八丈島でよく生産されています。
「くさや」の特徴はなんといっても、特殊な製法から生まれた独特な匂いにあり、「くさや」を食べたことがない人でも「くさや=匂い」とイメージする方も多いのではないでしょうか。この独特な匂いは「くさや」という名前の由来にもなっており、いかに「くさや」の匂いが特徴的なのかが分かります。
そんな「くさや」ですが、臭いの強さを単位であるAu(アラバスター)の数値が非常に高く、納豆を凌駕するとも言われています。実際に匂いは強いものの、好きな人からすれば堪らない匂いだそうです。
では、なぜ「くさや」には強い匂いがあるのでしょうか。その秘密は特殊な製造方法にあります。
まずはその作り方が誕生した歴史から見ていきましょう。
くさやの歴史
「くさや」の歴史はかなり古く、室町時代から作られていたと考えられています。江戸時代になると日本橋の魚河岸で「くさや」と命名され、江戸でも認知されるようになりました。そこから明治の末期までは品質の悪い「塩汁干し」として扱われていましたが、食通からその旨さが広まり、たちまち高級品になったといいます。
そんな「くさや」の発祥の地は新島とするのが有力な説です。冷蔵技術のない当時の島では、夏場にたくさん捕れた魚を冬場に備えて保存する必要があります。
新島には広い砂浜があるため、塩の生産が行われていましたが、当時の塩は稲作のできない島では米の代わりに幕府へ上納する年貢であったため、たいへん貴重なものでした。
そこで魚を漬ける塩水は塩を足しては、繰り返し何度も使い、塩の節約を図りました。こうしていくうちに塩水に魚のたんぱく質が溶け出し熟成した結果、偶然「くさや液」が誕生したのです。この液の中には「くさや菌(Corynebacterium kusaya)」が存在し、抗生物質を作り出しています。
そのため、「くさや液」は通常の干物を作る際に使用される塩水よりも塩分濃度が低いにも関わらず、防腐効果が得られるのです。そのほか、液には旨味成分もたっぷりと含まれており、通常の干物よりも何倍も美味しくなるといいます。
つまり「くさや」は匂いは強いものの、通常の干物よりも旨味が多く、保存効果抜群。
さらに、「くさや液」に含まれる抗生物質は、人にも大きな恩恵をもたらしてくれます。新島では昔、風邪の時には「くさや液」を飲み、傷口には「くさや液」を塗ったそうです。
代々伝わる「くさや液」
「くさや」を作るにはまず、新鮮な魚が必須。獲れたばかりのムロアジなどを開きにしてよく洗ったのち、魚を「くさや液」に10~20時間漬け込みます。液から引き揚げて再び水洗いした後、1〜2日間の天日干しにしますが、現在の加工業者によっては冷風乾燥機が使われることもあります。
「くさや液」は各々の生産者たちに代々引き継がれており、味や風味が異なるようです。
「くさや液」はまるで生き物のように繊細といわれており、何回か使ったら疲れてしまうので休ませなければいけないし、放置してしまうと「くさや液」が死んでしまうので、適当な魚の切り身をいれて栄養を与える必要があります。こうして大事に育てられた「くさや液」は門外不出の秘伝の液であり、伊豆諸島では「くさや液」が嫁入り道具の一つともされていました。
かつて固干ししていた「くさや」には脂の少ない魚が向いているとされており(現代では脂がのった魚が使われることもある)、原料にはトビウオやアオムロアジ、シイラが使用されるほか、サメやタカベ、ウツボなども使用されます。中でもアオムロアジは脂が少ないことから、「くさや」の原料として優れており、ほとんどの「くさや」がアオムロアジで作られています。
アオムロアジの標準和名は「クサヤモロ」と名付けられていることから、この魚がいかに「くさや」に向いた魚なのかがよく分かります。また、アオムロアジは鮮度の落ちが早いことから、流通上では生で見かけることが少なく、ほとんどが「くさや」の原料になるといいます。
現代においては、生産する島内でも匂いを敬遠する人がいるそうで、「くさや」の消費量は減少しています。匂いを発するのは焼いている時とされているため、あらかじめ焼いてスティック状に加工した、「くさやスティック」という商品が生まれるなど工夫がされています。
くさやの生産者も減少傾向に
今、「くさや」の生産者と消費者、原料を捕る島の漁師の高齢化が進んでおり、「くさや」の食文化の継承が難しくなっています。
300年以上継ぎ足しされた「くさや液」は二度と同じものは作れないと言われています。島の伝統である「くさや」が、この先も受け継がれること願うばかりです。
(サカナト編集部)