水族館でその姿を見かけるたびに、ついつい水槽前に張りついてじっと観察してしまう魚がいる。
トビハゼ(英名:マッドスキッパー)だ。国内には2種、世界的には十数種(未記載種を含めればもっと多く)が生息しているらしい。
魚類でありながら、暮らしぶりは両生類
そのトビハゼを自宅でも飼育できると知ったのは、私が大学生の頃だった。ホームセンターの片隅で金魚や熱帯魚と並んで売られていた「マッドスキッパー(販売名)」は、当時確か数百円ほどだったろうか。
自室に小さな水槽を設置し、人工海水を薄めに割って飼育水を作り、流木で陸地をしつらえる。本当は泥干潟を再現したかったけれど、管理の難しさを考慮してサンゴ砂を敷いた。陸地と別に5cm角程度の発泡スチロールを水面に浮かべると、そこがトビハゼの食堂となった。
6畳の学生アパートゆえ大きな水槽は用意してあげられなかったけれど、それでも3年近くは元気に過ごしていただろうか。大学卒業時の引越しの際は、半分ほど水を入れたペットボトルで輸送。無事に新居に到着したあとも1年くらい、トビハゼとの生活は続いた。
れっきとした魚類でありながら、暮らしぶりは両生類のようでもあり、そしてぐっと近づいてマクロ撮影すると、ある種の小動物的な愛嬌もある。正確な種類が判らなかったので調べると、背びれの模様や腹びれの形状が種判別のキーになることも知った。
印象に残った水族館のトビハゼ展示
これまで100ヶ所ほど全国の水族館を巡ってきた中で、印象に残るトビハゼ展示が2つある。
1つはアクアマリンふくしまの、マングローブ林をそのまま切り取ってきたような展示空間。複雑に入り組んだマングローブの茂みをミナミトビハゼたちが自由気ままに歩き回り、まるでフィールド観察しているような臨場感でその姿を追うことができる。
もう1つは旧スマスイ。泥干潟のヨシ原を再現した展示水槽は、トビハゼたちが実は身近な水辺の住人であることを知らしめてくれる。上から覗きこめない水槽になっていることも特徴だ。
実はトビハゼたちの天敵は空から襲ってくる鳥たちであるらしく、頭上からの物陰にはとても神経質なのだ(これは実際に飼育してみると実感する)。「観察のしやすさ」という水族館の命題とはトレードオフになるけれど、この「真上から覗きこめないトビハゼ水槽」に、私はとても愛を感じます。
私が現在住んでいる東北地方にはトビハゼは分布していないのだけれど、いつか野生のトビハゼをこの目で見てみたい。そして、彼らの暮らす干潟や湿地帯が日本各地に健やかに残り続けることを、心から願ってやまない。
(サカナトライター:アル)