ミンサーフエフキは、日本国内においては琉球列島以南のサンゴ礁に生息する小型のフエフキダイ科・フエフキダイ属の魚です。
このフエフキダイ属というのは、とくに体高が低い種においては互いによく似ているものも多く、他の種と見分けるのが難しいところがあり、ミンサーフエフキも2003年に新種記載されるまでは、よく似たアミフエフキと混同されていました。
21世紀にはいりようやく新種記載された珍しい魚、と思っていたのですが、沖縄では比較的よく見られる魚らしく、筆者も2019年6月、沖縄の鮮魚販売施設においてミンサーフエフキと出会うことができました。
泊いゆまちでの出会い
2019年5月末、筆者は沖縄県那覇市にある「泊いゆまち」という鮮魚販売施設で沖縄独自の鮮魚を探していました。狙っていた魚のひとつがフエダイ科のヒメダイという魚です。
ヒメダイは沖縄では「くるきんまち」と称される普通種で、過去にも入手していたのですが、これまで入手してきたヒメダイはみな鰭がぼろぼろであったので、「もう一度写真を撮影しなおしたい」と思っていた魚で、このとき、無事に綺麗な個体を入手することができたのでした。
そのヒメダイを販売していたのは魚をハコごと販売していたお店で、ヒメダイを購入したときに、もう1種の魚がついてきたのでした。
この写真のヒメダイよりも少し小さいフエフキダイ科魚類で、しっかり同定してみようとホテルにお持ち帰り。『日本産魚類検索 第三版』とにらめっこして同定した結果は、なんと2003年に新種記載されたミンサーフエフキだったのでした。
ミンサーフエフキとは
ミンサーフエフキ 学名 Lethrinus ravus Carpenter and Randall, 2003はニューカレドニア北東部産の個体をホロタイプ(完模式標本)として2003年に新種記載されたフエフキダイ属の魚です。
新種記載に使われた標本の中には沖縄産の標本も含まれていましたが、種の標準和名は提唱されず、種の標準和名は2006年になって初めて命名されました。
特徴としては主鰓蓋骨後端部にある無鱗域は狭いこと、およびその無鱗域は赤くないこと(これらの特徴によりホオアカクチビと識別できる)、頬部や胸鰭基底に赤い線がないこと(ヤエヤマフエフキと識別できる)、胸鰭の色は薄い赤色(または透明)で、胸鰭中央部は青くないこと(ヨコシマフエフキと識別できる)、などの特徴によりアミフエフキと似ています。
本種はもともと新種記載される前から沖縄県ではしばしば漁獲されていたとされましたが、アミフエフキと混同され気づかれていなかったのかもしれません。
アミフエフキと近縁とされる種はこのほかにも知られており、パプアニューギニア近海から採集され、日本でも『世界の海水魚 太平洋・インド洋編』などでお馴染みのジェラルド・R・アレン博士らにより近年新種記載されたミッチェルエンペラーLethrinus mitchelli Allen, Victor and Erdmann, 2021という種もアミフエフキと近縁の種になります。
ミンサーフエフキの名前の由来
ミンサーフエフキの名前の由来は、八重山諸島の伝統工芸品「みんさー織」にちなみます。
ミンサーフエフキの体側には独特の模様があり、それをみんさー織の特徴である、5と4の角に似ていることからこの標準和名がついたとされます。
ちなみに5と4の角模様には「いつ(五つ)の世(四)までも末永く」という想いがこめられています(あざみ屋みんさー工芸館サイトより)。
一方、英名では”Drab emperor”といいます。”Drab”とはくすんだ茶色とか、とび色とかそのような意味で、”emperor”はフエフキダイ属の英語名です。
なお学名の種小名も”Drab”とだいたい同じような意味であり、この種の色彩を現しているようです。
ミンサーフエフキとよく似た種の見分け方
沖縄県においてはミンサーフエフキ以外にも体高の低い小型フエフキダイ科魚類が多数見られます。
しかしながら、それらは沖縄ではあまり区別されず、おおむね「むるー」として扱われます。
近縁種アミフエフキとの見分け方
ミンサーフエフキと混同されやすいものにアミフエフキLethrinus semicinctus Valenciennes,1830という種がいます。
アミフエフキは和歌山県、奄美大島以南の琉球列島、台湾、澎湖、東沙、南沙、スリランカ~フィジーまでの東インド~太平洋域に生息しています。ホロタイプはインドネシアより得られています。
ミンサーフエフキはもともとアミフエフキと酷似しており混同されていたもののようです。
しかしながらアミフエフキは体側後方に大きな長い暗色斑が出ることが多く(赤い矢印)、また胸鰭前方に小さな黒色点がある(青い矢印)ところなどがミンサーフエフキと異なるため、見分けることができます。
ただし、これらの模様は薄くなることもあり、注意が必要です。この2種は吻の角度でも見分けられ(黄緑色の矢印)、上顎と吻部背縁の角度が57~59度なのがアミフエフキ、61~64度なのがミンサーフエフキとされますが、慣れないと見分けるのは難しいと思います。
近縁種ホオアカクチビとの見分け方
ホオアカクチビLethrinus rubrioperculatus Sato, 1978という種もミンサーフエフキに似ていますが、やや大きくなる種で、「Fishbase」によると最大で尾叉長57センチに達するとされています(ただし、普通は30センチほど)。
そのため、ただの「むるー」としてだけでなく「大」を意味する「おー」がついた「おーむるー」という呼び名での流通もあるようです。
ホオアカクチビは南アフリカから中央太平洋に分布する広域分布種であり、また、日本(沖縄県那覇)産の個体をホロタイプにして新種記載され、かつその種の学名が有効とされている唯一のフエフキダイ属魚類です。
琉球列島だけではなく、紀伊半島や愛媛県愛南町からも記録があり、筆者は高知県宿毛市の市場に水揚げされているところも確認しています。
上の写真の個体がそれで、青色のハコに小型のカサゴ類と一緒に入っていたのですが、そのカサゴのうちの一種はアヤメカサゴで、この種は温帯の魚であり、現在のところ、琉球列島からは記録されていないようです。
温帯の魚と熱帯・亜熱帯の魚の両方が見られる高知県の漁獲物らしい、極めて魅力的なハコといえます。
ミンサーフエフキとホオアカクチビはよく似ていますが、ホオアカクチビでは主鰓蓋骨後縁部の無鱗域が広く、その部分が生鮮時は明瞭に赤くなるのが特徴です(上写真の赤い矢印の箇所)。
ミンサーフエフキは主鰓蓋骨後縁部の無鱗域が狭いかほとんどなく、その部分は赤くなりません。この写真からは確認しにくいのですが、ぜひ生鮮時のものを手に取って観察してみてほしいと思います。
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