筆者が小学生の頃、夏休みに遊んでいた川辺で今も忘れられない衝撃の光景を見かけました。なんと1匹の大きなカマキリが、よろよろしながら川辺の方にゆっくり向かい自ら川の中へと飛び込んでしまったのです。
小学生ながらカマキリが川辺では生きていけないことは理解しており、呆然と立ち尽くしながら、川に飛び込んだカマキリを眺めていました。
すると、数分も経たないうちにカマキリのお尻から、カマキリの全長をはるかに凌駕する長さの黒くて細い生き物がニュルニュルと出てきたのです。
それは、私が人生で初めてみた「ハリガネムシ」という生き物でした。
ハリガネムシ
ハリガネムシは類線形動物門という寄生虫に属する生き物で、体長は数センチから1メートルにまで成長する種も存在します。
カマキリとハリガネムシ(提供:PhotoAC)どのハリガネムシも見た目は全て同じに見えますが、実は日本だけでも十数種が確認されており、世界でみると数百種が確認されているのです。
ハリガネムシがカマキリに寄生するまで
そんな、ハリガネムシの一生は川底から始まります。
卵から孵ったハリガネムシの幼生は、カゲロウやトビケラといった水生昆虫に食べられることで体の中に侵入。お腹の中でシストという極寒にも耐えうる最強の休眠状態へと変身し、水生昆虫が陸に上がるその時をじっと待ち続けます。
成虫になった水生昆虫たちは陸に上がり、その後、カマキリに食べられることでハリガネムシは最後の宿主の体内へと侵入を果たすのです。
なぜカマキリは水に飛び込むのか?
カマキリの体内へ侵入したハリガネムシは成熟後、産卵を行うためにカマキリを川や池に飛び込ませます。
では、どのように水辺まで誘導しているのでしょうか?
現在も研究が進められていますが、いくつかの研究結果からハリガネムシは宿主の水平偏光の感受性を操作することで、水辺へ飛び込むように操作している可能性が高いことがわかっています。
水辺とカマキリ(提供:PhotoAC)水平偏光とは水面に太陽の光が反射した時に横一列に並んだ光のことで、ハリガネムシはその光によってカマキリを水辺へと誘導するのです。この発見は神戸大学の国際研究グループが発表し、世界初の大発見となりました。
さらに、カマキリが水辺へ飛び込む時間帯は最も活動する正午が多いことから、カマキリとハリガネムシの1日の生活リズムがよく似ている可能性もあるそうです。
ハリガネムシがカマキリの生活リズムに合わせて進化してきたとしたら、ますます興味深い内容ですね。
ハリガネムシが与える生態系への影響
ハリガネムシは、水辺まで辿り着いてしまったカマキリのお尻を食い破って外へ脱出します。そして、水辺に放たれたハリガネムシは、交尾をした後に一生を終えます。
では、ハリガネムシが出たあと、役目を終えたカマキリなどの昆虫はどうなるのでしょうか?
重要なエネルギー源に
結論から言うと、そのまま絶命してしまいます。
これだけ聞くととても可哀想に思えますが、水辺で絶命したカマキリは生態系に大きな役割を果たしているのです。
京都大学が行った研究(論文タイトル:Nematomorph parasites drive energy flow through a riparian ecosystem. )によると、ハリガネムシに操られたカマドウマなどの直翅類が水に飛び込むと、そこに住む魚たちがそれらをエネルギーとして利用していることが判明しています。
つまり、寄生された昆虫は魚にとって重要なエネルギー源となっているのです。
寄生虫も生態系を支えている
ハリガネムシだけでなく、人間からするとつい「いなくなればいいのに」と思ってしまう蚊やゴキブリなどの虫たちにも、自然界の中ではしっかりと役割があります。
私たちが気づかないところで、生態系はこうした生き物たちによって支えられているのかもしれませんね。
(サカナトライター:ティガ)