私が小学1年生になった夏、妹が腎炎に罹り長期入院を余儀なくされました。看護師である母が妹に付き添うこととなり、この間約7か月に渡り学校から戻るとひとりで過ごすことになったのです。
それを見かねた父は週に幾日か仕事を早く切り上げ、私を近くの公園の池に連れていき、釣りを教えてくれました。
しかし、小学生の技量では魚を釣る術もなく、その公園に玉アミを持っては出かけるようになっていきました。
釣りにのめり込む
小学校も高学年になった頃、友達とその公園の池に魚を捕まえに行ったときのことです。
お小遣いで購入した四手網を引き上げると、バラタナゴが入っていました。あまりの美しさにその後、頻繁に四手網を持っては公園へと出かけるようになりました。
そんなある日のこと、四手網を夢中になって仕掛けてたのですが、なかなか魚を捕まえることが出来ません。すると、すぐ横で釣りをしていた年配の方が、「君さぁ、魚を捕まえるなら釣りもいいよ」と使っていた竿を貸してくれたのです。
そしてエサの付け方から振り込み、アタリの取り方まで懇切丁寧に教えてくれて、その直後人生初のマブナを釣り上げることが出来ました。
ギンブナ(提供:PhotoAC)その時、感動で手が震えたことを今でも鮮明に覚えています。
それからは、魚を網で捕まえることがなくなり、専ら釣りで捕獲するように。釣り上げた魚は一部を持ち帰り自宅の水槽で飼育するようになりました。
魚の食事を研究
中学になると釣り好きの仲間も増え、さらにのめり込んでいきました。
高校になると行動範囲は広くなり、始発電車に乗って千葉、神奈川などあらゆる場所に釣りに行くことになったのです。
その後、大学の水産系学部に進学し、大手釣りエサメーカーに就職。定年になるまでのほとんどの間、釣りエサの開発責任者として勤務しました。
釣りエサ(提供:PhotoAC)長年釣りエサの研究をしていて感じたのは、高価な道具よりもエサ(又は疑似エサ)の良し悪しが、釣果に直結しているということ。さらに、魚が好んで食べているからといって、それが即、釣りエサとして有効であるとは限らないということにも気づかされたのです。
魚を釣るための情報は今や全て簡単にネットで検索できてしまいます。
ですが、なぜそのエサや釣り方が有効なのかということを掘り下げていくと、魚の口や歯の構造、鰓耙の数、嗜好性の高いアミノ酸と釣りエサに含まれているアミノ酸との相関関係など興味は尽きません。
(サカナトライター:チョーさん)