近畿大学農学部水産学科の酒井麻衣准教授、御蔵島(みくらしま)イルカ調査チームの渡辺容子氏、御蔵島観光協会および合同会社みくラボ小木万布氏らの研究グループは、上顎の大分部を欠損したミナミハンドウイルカを約2年にわたり観察し、生活を維持していることを確認しました。
この成果は「Aquatic Mammals」に掲載されています(論文タイトル:Observations on the Long-term Survival of an Injured Indo-Pacific Bottlenose Dolphin (Tursiops aduncus) without an Upper Rostrum in Toshima Island, Japan)。
イルカの吻部は生存に重要
イルカの吻(ふん)と呼ばれる上顎の部分は、餌を獲る上で重要な役割を担っています。
野生下において、吻部の損傷は致命的であると考えられてきました。一方、これまで吻部が損傷した野生個体の目撃例はあったものの、多くは水面上からの観察に留まっていたようです。
そのため、吻が損傷した個体がどのような行動をし、どの程度の生活を維持しているのかについては、詳細な記録がなかったといいます。
上顎の大分部を失った利島のイルカ
伊豆諸島に属する東京都利島(としま)では、1995年より周辺海域で継続的なイルカの個体識別調査が実施されています。
利島(提供:PhotoAC)この海域はミナミハンドウイルカの行動圏の一部であり、御蔵島から移住した個体や、その子孫が生息。2019年には利島周辺海域で野生のイルカ20頭が個体識別されています。
研究グループは2020年6月、利島周辺海域にて上顎の大分部を失った、ミナミハンドウイルカのオスの成体を確認。その後、2022年6月までの約2年間にわたり、水中での継続的なビデオモニタリングがおこなわれました。
健康維持に必要な行動を観察
最初の確認から約9ヵ月経過した2021年3月、該当個体の勃起、排糞行動が確認され、生理機能と代謝が維持されていることが示されています。さらに、翌年の6月には、残された上下の顎で推定50~70センチの魚を保持する姿が撮影されました。
また、2年間の観察を通じてこの個体の体格には大きな衰えは見られず、周辺に生息する健康なオス個体と比較しても、筋肉や脂肪の付きに著しい衰えは確認されなかったといいます。
このことから、上顎の大分部を失っても体型を維持できること、健康を維持に必要な量の魚を確保できる可能性が示されたのです。
ミナミハンドウイルカの強い生命力
今回の研究によって、吻部を損傷した個体でも、排糞・勃起・採餌といった行動を行っていることが、水中ビデオモニタリングで確認されました。
この成果は、上顎を失った後でもミナミハンドウイルカは野生下で長期間生存し、環境へ柔軟に適応できることを示すものです。また、観察された個体の強い生命力とたくましさを物語っています。
(サカナト編集部)