好きな生き物の愛で方は、きっと人それぞれだと思います。中でも、半永久的に好きな生き物を保存することができる方法があり、実は皆さんのご家庭でもチャレンジできることを知っていますか?
今回は、初心者が骨格標本を作っていく様子をお届けします。
骨格標本に興味を持ったきっかけ
自分の認識では、骨格標本は「博物館や水族館の展示ブースでよく見かけるもの」でした。サメの歯の標本などは実際に生きている状態の歯よりも、標本になったものを見る機会のほうが多いかもしれません。
自分は“生きているものまっしぐら”で生きてきたので、地学に疎い部分があります。そのため子どもの頃は、博物館で恐竜の化石をみてもあまりこれといって印象はなかったのですが、サメのことを少しずつ知っていくうちに、既に絶滅した・現存しない個体に思いを馳せることのできる「骨」についてもよく観察するようになりました。
化石と標本は別物ですが、どんな文献にもない生きた情報を得られる標本は、生きている姿とは違った一面を知ることができる一種のツールだと思うようになりました。
前置きはいいから実際に作ってみよう
ここからは「骨格標本」制作初心者である自分が、実際に完成品を作るまでをレポートしていきます。
今回題材にするのは、青森県深浦町の湾で捕獲された、1メートル程度のメスのホシザメ。友人から譲り受けた個体です。その友人が青森県に訪れた際、海岸を散歩中に偶然出会った漁師の方からお譲りいただいたそうです。
今回はこちらの個体の頭をいただきましたので、ありがたく、丁寧に扱っていきました。
標本制作の手順
筆者は標本制作の基本すら無知だったので、いくつかのサイトや紹介ページを参考にし、独学ながらなんとなくまとめてみました。
基本的に魚類の標本は、まず骨からある程度を切りながら除肉し、綺麗にします。その後、細かい部分の除肉を行うため茹でます。そして、さらに細かな肉を落とすため、キッチン用の塩素系洗剤を使い最終的な除肉を行い、ネイルリムーバーなどのアセトンで脱脂し、仕上げとなるようです。
一般的な魚類であれば体の骨は硬骨であり、人間の腕や足と同じようなカルシウムでできた固いものです。しかしサメは、軟骨魚類と呼ばれ、熱を加えると変質してしまう軟骨が体に存在しています。
骨格に関しても素人なので手探りなのですが、今回制作する顎骨標本の主役、顎の骨周りにも軟骨があり、茹でた際に軟骨が溶けバラバラになってしまう可能性があるようなので、今回は茹での工程をスキップすることにしました。
手順1 切り出して除肉
まず、頭部から口回りのパーツを取り出します。実際に手動で口を開け閉めさせたりして、カッターとピンセットを使用しながら口回りのパーツの境界線を探り、切り出します。安全のため、厚手のゴム手袋や軍手を着用して行いました。
流石はサメといったところか……獲物の捕獲や咀嚼に必要な筋肉が集まっており、非常に繊維質です。食用魚の代表格・マグロやカツオの身のような質感を想像していたので、ゴムと鶏肉の間ような固めの肉の質感に手こずりながら、作業を行っていきます。
必要な肉とそうでない肉の境界線を見定めるのが非常に難しい……。完全に頭から口のパーツを取り外して写真の状態になるまで、1時間ほどかかりました。頭も使いますが、なにより皮を剥ぐ力、肉をちぎる力、ブヨブヨの肉を切る力が必要な作業でした。
サメは「サメ肌」とも言われる通り、肌質が非常に特徴的です。進化の過程で体表の鱗が大きく変化し、水の抵抗を受けにくい楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる独自の鱗を持つことで、しなやかで素早く泳ぎ、静かに水中を移動することができると言われています。
その鱗の存在は、やはり触るとよくわかります。他の魚とは比べ物にならない程固い膜におおわれているようで、ただ上からカッターの刃を押し付けるだけではびくともしません…。コツは、刃こぼれを恐れず鋭角な部分を押し付けるか、身の部分に刃を刺して皮を内側から切ることです。
手順2 薬剤でさらに除肉
ある程度除肉できたら、今度は薬剤を溶かした液体に漬け、よりきれいに肉を溶かしながら、骨だけの状態にしていきます。
薬剤といっても今回使用するのは特殊なものではなく、ドラックストアなどでよく売られている塩素系洗剤です。中でも強力な分解力があるパイプクリーナーを使用しました。
洗剤の性質上、濃度が高かったり、必要以上に長い時間使用していくと軟骨の部分が溶けすぎることもあるため、今回は慎重に行います。
まずは15倍希釈の液を作り、20分漬け置きして様子を観察しました。最初は洗剤を溶かした液が透明だったはずですが、だんだんと黄ばんでいき、ゆっくり細かい泡が出始めました。
漬け置きついでに、同じホシザメの胸鰭部分も一緒に入れてみたのですが、10分やっても20分やっても変化なしでした。おそらく皮を剥いでいなかったからかと思いますが、いかに鱗が強い素材なのかということを知ることができました。
この後、外れやすくなった肉を手で除去しながら、何度か同じ作業を繰り返します。様子を見て濃度を高めたり、時間を伸ばしても良いかと思います。
手順3 脱脂して仕上げ
満足するまで綺麗に除肉できたら、最後にアセトン液に漬け置きして仕上げです。
骨に付着する油脂などを洗い流すことで、乾燥後も美しい骨本来の白色を長く保つことができるそうです。アセトン液は無色透明なネイルリムーバーを使用しました。
ここまでくるとだいぶ綺麗になりました……!
最後に顎骨を水で綺麗に洗い流し、乾燥させます。
その際、形を整えて固定しながら乾燥させます。今回は博物館にもあるような、口の開いた形を目指して成形していきました。
標本が完成!
これらの工程を経て遂に完成です!
初めて製作しましたが、作業自体は1日以内で終わり、乾燥も丸1日風通しの良い場所に置いておいただけで、難しい作業は最初の工程だけだったと思います。最初の工程も、実際に実物を触って構造やしくみを学ぶことができましたし、あっという間の2日間でした。
なにより……完成品が本当にかっこいい!!
生きていくための知恵と工夫が、この流線型にたっぷり詰まっているのを感じます。
写真は制作してから2か月ほど経過した後の標本ですが、出来立ての頃と比べると若干黄色がかっているような感じがします。しかし嫌な色ではないですし、初めて作ったにしては上出来かと思います。
自分で標本を作ると、本当にその標本に対して愛着がわいてきて、細かなところまで観察したくなります。特にこの標本の目玉でもある歯列は、どんなに眺めても飽きが来ないと思えるほど綺麗です……!
ホシザメは、主に貝類やエビ、カニといった甲殻類を食べて生きているため、いわゆるホホジロザメのような、獲物に突き立てるための鋭い歯はありません。その代わり、固い物をすり潰せるような強い顎と、細かい歯を持っています。
実際になでるように触ってみても痛くなく、引っかかる感じもしません。しかし、びっしり規則的に生えた細かい歯は、捕食者という立場を思い出させる恐ろしさを含んでいます。
今回は、初心者の筆者が独学ながらも自力で骨格標本を作る様子をお届けしました。やはり実際に作ってみると新しい発見も多く、本や論文で見ていただけでは知ることのできない、サメの生き様を感じ取ることができました。
標本作りは、サメだけではなく、スーパーや魚屋さんで見かけ食用魚でもチャレンジできますので、ぜひ機会があればチャレンジしてみてください。
(サカナトライター:しょうじ)