ほかにもぞくぞく、熱帯性のアジ科の魚
鹿児島魚市場にはクロボシヒラアジのほかにも、熱帯性のアジ科魚類が水揚げされます。
その産地は種子島・屋久島やトカラ列島以南からだけでなく、鹿児島本土の海で漁獲されたものがせりに出されることも多いです。
このクロボシヒラアジを食した2020年の秋にはほかにも熱帯性のアジ科魚類を複数種入手し、食することができたのでご紹介します。
オニアジ
近年、九州で熱帯性のアジ科の魚が確認されるということが多くなっています。このクロボシヒラアジの入っていた箱にもう1種、アジ科の魚が入っていたので一緒に食しました。
それがオニアジMegalaspis cordyla(Linnaeus, 1758)という魚で、一見マアジなどに似ていますが、第2背鰭と臀鰭の後方に小離鰭が複数ある、という特徴があり、ほかのアジ科とは容易に見分けられます。
また体側の稜鱗(りょうりん、俗にぜんご・ぜいごと呼ばれる)もマアジなどとは形状が大きく異なっています。
このオニアジも南方系の種であるとされており、東南アジアでは食用として重要なものとされます。近年は日本でもとくに鹿児島県や宮崎県では多く漁獲されていますが、北は津軽海峡あたりまで見られるようになっているとのことです。
遊泳力が強いアジ科魚類ではかなり北のほうまで来遊するということはありますが、海水温上昇もかかわっているかもしれず、安易に喜ぶべきではないのかも。
オニアジの身はかなり赤みが強いです。「原色動物大圖鑑」の中では「あじ類というよりむしろさばに似た味で、左程美味ではない」とありますが、味はともかく、実際にその赤い身はサバ科魚類を思わせるものです。
しかし「左程美味ではない」という評価については首をかしげるしかないです。九州の甘い醤油がよく似合っており、かなり美味しいものです。このほか塩焼きなどでも美味しく食べられます。
しかしながらこの色は私たちの知るマアジなどと異なるもので、クロボシヒラアジほど一般消費者には受け入れられない可能性があります。また若干鮮度が落ちやすい点があるかもしれません。
なお、主に関西地方の遊漁において「鬼アジを狙う」「鬼アジタックル」「鬼アジ船」なんていうものがありますが、この場合の「鬼アジ」とは種標準和名マアジの大型個体のことであり、種標準和名オニアジとは一切関係がありません。
ミナミギンガメアジ
ミナミギンガメアジCaranx tille Cuvier,1833は標準和名に「ミナミ」の文字が入ることからもわかるように、南方系のアジ科魚類です。
従来は日本ではまれな種とされていましたが、近年は鹿児島県内之浦湾などで時折群れで漁獲されているようです。
本個体も内之浦湾産のようです。九州以北では30センチほどの小型のものが多いようですが、本個体はその中では大きいほうで、全長38センチほどです。
琉球列島以南では数は少ないようなのですが、全長で60センチくらいのものも見られます。側線の前方に銀色の模様があるので、オニヒラアジと間違えやすく混同されているかもしれません。
ミナミギンガメアジの若魚の刺身の色合いなどはクロボシヒラアジと近く、脂ののりもよく美味しいものです。ギンガメアジやロウニンアジなども同じくらいの大きさの個体は美味しく食べられると思います。
喜んでいる場合ではないかもしれない
南方系のアジは、今後もどんどん増えていくものと思われます。先述したように、すでにクロボシヒラアジは宮崎県では食用として販売されており、東京都内でも一部の鮮魚店では販売されているようです。
ただしクロボシヒラアジは地域によってはいっときよりも少なくなったという話もあり、海流の変化などにより数の増減に変化がある可能性もあると思われます。
九州東海岸におけるクロボシヒラアジの増加は地球温暖化に結びつくのかどうかは不明ではありますが、今後は地球温暖化にともなう海水温上昇により、さまざまな南方系のアジが日本においても漁獲されるようになっていくと思われます。
そうなった場合は、より多くの種のアジが魚屋さんの店頭に並ぶようになるのかもしれません。見慣れない南方系のアジもぜひ食べて見てほしいと思います。
しかし、その一方、マアジやマルアジ、カイワリ、ブリといった温帯性のアジ科魚類への影響も心配されるところです。水温上昇に耐えられなかったり、南方系のアジとの生存競争に敗北してしまうこともあるでしょう。
また沖縄や熱帯海域においては水温上昇によりサンゴ礁が白化してしまうなんていうこともあり、そうなると餌となる生物が少なくなったり、死んだサンゴに有毒藻類が着生し、食物連鎖の過程においてシガテラ毒を誘発するなんていう事例も発生する可能性もあります。
南方系のアジの仲間が大量に獲れてハッピーと喜んでいるような場合ではないのかもしれません。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
(尼岡邦夫・仲谷一宏・矢部 衞.2020. 北海道の魚類 全種図鑑.北海道新聞社,札幌.590pp.)
(榮川省造. 1982. 新釈 魚名考.青銅企画出版.箕面.)
(Iwatsuki Y. and S.Kimura. 1996. First record of the carangid fish, Alepes djedaba (Forsskal)from Japanese waters, Ichthyol. Res., 43(2):182-185. )
(久新健一郎・尼岡邦夫・仲谷一宏・井田 斉・谷野保夫・千田哲資.1982.南シナ海の魚類.海洋水産資源開発センター,東京.)
(小枝圭太・畑 晴陵・山田守彦・本村浩之編.2020.大隅市場魚類図鑑.鹿児島大学総合研究博物館.鹿児島市.)
(中坊徹次編. 2000.日本産魚類検索 全種の同定 第二版.東海大学出版会.東京.)
(中坊徹次編. 2013.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会.秦野.)
(野口玉雄,1996. フグはなぜ毒をもつのか 海洋生物の不思議.日本放送出版協会.東京.)
(冨山一郎・阿部宗明・時岡 隆.1958.原色動物大圖鑑2巻.脊椎動物魚綱・円口綱,原索動物.北隆館,東京.)
(宮崎で釣り。たまには遠征したい! 720.クロボシヒラアジhttp://ararafish.blog.fc2.com/blog-entry-2008.html)
(日本魚類学会標準和名検討委員会? 魚類の標準和名の定義等について (答申)https://www.fish-isj.jp/iin/standname/opinion/050902.html)
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