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魚を阻む海の中の<見えない壁>とは? 広大な海を自由に冒険できないワケ

地球の表面の約7割を占める広大な海。

果てしなく広がる青い海を見て、ふと「こんな広大な海に生息する魚たちは、きっとどこまでも行けるんだろうな」と感じます。

しかし、実際には海にも<目には見えない壁>が存在しており、魚たちは広大な海を自由に冒険できるわけではないのです。そして、その<壁>は今、急速に壊れつつあります。

「海」の特性とは?

そもそも魚たちがすむ海とはどのようなものでしょうか。

当たり前ですが、海には水があります。水には「密度が大きい」「粘性が大きい」「凝集力が大きい」「比熱が大きい」といった特徴があります。

比熱が大きいということは、陸地より水中の方が体温を奪われやすいということです。魚を含む水生生物たちの多くはこの水を直接体内に取り入れて呼吸する「えら呼吸」を行います。

すなわち、魚たちは水の特性に合った生き方をしなければならないということです。

塩分の影響を受ける魚たち

加えて、海には「塩分」が存在します。塩分は「PSU(Practical Salinity Unit)」という単位で表され、1PSU=0.1%です。

塩分は外洋では32~38PSU、沿岸では27~32PSUくらいの値になります。沿岸域では河川の流入などにより塩分は低くなります。当然、魚たちはこうした塩分の影響も強く受けます。

巨大な海水の流れがいわゆる「海流」

さらに海水は同じ場所にずっと留まっていることはありません。海面上を風が吹く、また水温や塩分の違い(密度差)などから海水の移動が引き起こされます。

 

黒潮と親潮(提供:みのり)

 

日本でも、東シナ海方面から日本列島に沿って東へ流れる「黒潮(暖流)」、千島列島に沿って日本列島を南下する「親潮(寒流)」が有名です。

海には「壁」がある(提供:みのり)

魚たちは水の影響を強く受けるため、これらの海の特性が魚たちの移動を制限しています。

魚たちがすむ海はこうした「壁」を作っており、複雑な構造をしているのです。

「水質」は魚の飼育でも重要

ここまで紹介してきた海の構造に関する知識は、魚の飼育においても大変重要です。

先に記したように、魚はこの複雑な「水」を体内に直接取り入れて呼吸をするため、水は魚の体に大きく影響します。すなわち、水の性質によって魚の体調は大きく左右されていると言えます。

「黒潮」と「親潮」もそれぞれ水の特性は全く異なっており、一概に同じ海流と呼べるものではありません。その違いにより、黒潮の影響を受ける海域の生き物の種類や自然環境、親潮の影響を受ける海域の生き物の種類や自然環境もそれぞれ異なります。

魚にとっての快適な環境は、海流含む自然環境の影響、そして水そのものの特性によって決まります。魚を飼育する際はこうした様々な環境要因と照らし合わせて考えていく必要があると言えます。

なぜ沖縄にメジナがいないのか考察

海域によって海の特性が違う、生息する魚も違うというのはなんとなく分かると思います。サンゴ礁などで見られるカクレクマノミを南極海の海水で育てろと言われても、無理なのは一目瞭然です。

しかし、私たちが考えている以上に海の特性は複雑なのだと考えさせられる事例があります。

琉球列島では稀な魚<メジナ>

釣り人に人気の「メジナ」という魚。日本にはメジナクロメジナオキメジナという3種が生息しています。

メジナの群れ(提供:PhotoAC)

メジナとオキメジナは台湾で、クロメジナは香港で見られます。メジナの仲間は本州でも普通に見られる魚です。

釣り人の中には、関東近海でもメジナを釣ったことがあるという人もいるのではないでしょうか。このことから、てっきり日本各地のどこでも見られるものだと思われがちです。

メジナの分布(提供:みのり)

しかし、実のところメジナはいずれも琉球列島では稀な魚なのです。全くいないということはありませんが、本州や台湾と比べると極端に数が減ります。

琉球列島で見られないということは、メジナは高水温が苦手なのかというと、先に書いたように彼らは日本近海より海水温が高い台湾や香港でも見られます。決して温暖な気候が苦手と言うわけでもなさそうです。

黒潮の影響?

魚類学者の中坊徹次さんは『日本の動物はどこからきたのか』(京都大学総合博物館編、岩波書店)という本の中で、これは黒潮の影響ではないかと考察しています。

黒潮は夏~秋にかけて南方の魚を関東近海まで運んだり(運ばれる魚を「死滅回遊魚」という)、三陸沖で親潮とぶつかることで豊かな漁場を形成していたりします。

しかし、この黒潮も水温や塩分を含む特有の<水の壁>を作っており、この壁がメジナの分布域を制限しているのではないかというのです。

同じ南方系で、黒潮の影響下であっても、このような水の見えない壁は存在しているということになります。地球の約7割を占める海ですが、魚たちがその広大な海を全て泳ぎ回れるわけではないのです。

急速に壊れつつある海の壁

そんな海の壁が急速に壊れつつあると言います。近年よく聞く温暖化や気候変動の影響は様々ですが、それにより海の特性も急速に変わっています。

筆者が学生時代によく訪れていた北の海の魚たちは、突然数が減り始めたと聞きました。変わって、本来あまり見られなかった南方寄りの魚が見られ始めたというのです。

関東近海でも、南方よりの魚が以前より急速に増えており、またその一部は越冬までしています。千葉方面の海ではサンゴの一種であるミドリイシの仲間が年々増加しているとも聞きます。

磯遊びをしているだけでも海が凄まじいスピードで変化している、すなわち海の壁が壊れつつあることを実感します。

非常に長い年月をかけて形成された<海の壁>の特性が、ここ数十年で破壊されてしまった場合の影響は想像がつきません。当然これらは私たちの生活にも影響を及ぼすはずです。

変わりつつある海の環境を前に私たちはどうアプローチしていくか、海の特性はそうした側面も教えてくれている気がします。

(サカナトライター:みのり)

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みのり

みのり

センス・オブ・ワンダーを大切に

水族館に関するお話やフィールドワーク体験の記事を中心に、自然環境の素晴らしさやそれらを取り巻く文化的なお話もお伝えしていきます。

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