誰もが知っている日本の昔話「さるかに合戦」。小さなカニが大活躍するお話はあまりにも有名ですね。
実はさるかに合戦以外にも、カニが登場する民話や言い伝えは数多くあります。
海外の話にも触れながら、日本人とカニの関わりについて考察してみます。
日本の昔話にたびたび登場する「カニ」
日本の昔話には、「カニ」がたびたび登場します。中でも最も有名なのは、冒頭でも触れた「さるかに合戦」でしょう。
おにぎりと柿の種を交換したカニが、ずる賢いサルに殺され、その子どもたちが栗や蜂、臼などの仲間と力を合わせて仇討ちを果たすという物語。小さくても団結すれば強い、という教訓が込められています。
サワガニが助けてくれる「蟹の恩返し」?
一方、京都府木津川市の蟹満寺には、「蟹の恩返し」という伝説が残っています。

子どもたちが捕まえたサワガニを食べようとしているのを見た村の娘がカニを不憫に思って、サワガニを買い取り、そっと逃がしてやります。
その後、この娘はひょんなことから大蛇の化け物に襲われて、蔵の中に隠れますが、大蛇がその巨体で蔵ごとつぶしてしまいそうになったとき、突然物音が止みます。
翌朝になって娘がおそるおそる外に出ると、息絶えた大蛇とおびただしい数の力尽きたカニが蔵を取り囲んでいた…というお話です。
京都の山城地区には類似する話がいくつかあるものの、優しい娘にカニが恩返しをするという筋は共通しています。
各地の「カニ伝説」
ほかにも、滋賀県には「蟹塚」という伝説があり、現在でも名物として残る「蟹ヶ坂飴」の起源とされています。
これは山中に現れた巨大な化けガニを僧侶が説法を用いて成仏させ、その亡骸を埋めて塚を建てたという話。蟹は最期、反省したのか泣きながら自らの甲羅を割り、その血が八つの飴玉に変わったということです。
名前の由来に伝承が直結しているカニもいます。それが「平家蟹(ヘイケガニ)」です。
ヘイケガニは甲羅の大きさが2cmほどの小さなカニですが、甲羅に独特の凹凸があり、人の顔、しかも怒ったような顔に見えるのです。
源平合戦の末、壇ノ浦の戦いで海に沈んだ平家の武士たちの魂が乗り移ったとされ、山口県下関付近では「祟りがある」として今も捕まえるのを避ける人がいます。
世界の民話に登場するカニたち
続いて世界の民話も少しご紹介します。
12星座で有名なギリシャ神話のほか、さまざまな国でカニにまつわる民話が語り継がれています。
例えば初夏の星座「かに座」。ギリシャ神話に由来する星座のお話では英雄ヘラクレスに踏みつぶされてしまうカニの姿が描かれます。

インドの仏教説話『ジャータカ』には、川の主である大ガニが登場。悪い魚や蛇たちを退治し、水辺の平和を守るヒーローとして描かれています。
また、グリム童話には「カニのように後ろ歩きする男」が登場する寓話があり、「逆に歩いているようでも、実は正しい道を進んでいるかもしれない」という逆説的な知恵が込められています。
サワガニは「親子ガニ」のモデル?
さて、昔話や絵本などで「お母さんカニと子どもカニ」が一緒にいる描写、よく見かけますよね。
実はこのイメージ、日本のサワガニがベースになっている可能性が高いんです。

というのも、カニの多くは、海に卵を産み、ふ化した子どもはプランクトンのような幼生(ゾエア)として海を漂いながら成長します。つまり、親子で一緒に生活することはないのです。
ところが、サワガニは違います。日本の山間部・清流に生息するサワガニは、メスが卵をお腹の下にしっかり抱えたまま育て、なんと生まれてくるのは「いきなりカニの形」をした赤ちゃんガニ!
これは「直達発生(ちょくたつはっせい)」と呼ばれる珍しい育ち方で、カニの中でもかなり特別な存在なんです。
親とそっくりなミニチュアサイズの子ガニが、親と一緒に歩く姿を実際に見ることができるため、まさに「親子ガニ」のイメージにぴったり。
海外ではこのような発生形態のカニはあまり一般的でないため、日本人が自然と「親子で暮らすカニ」「一致団結するカニ」を思い浮かべるのは、サワガニとの深い関わりがあったからかもしれませんね。
カニと日本人の関係
カニは海でも川でも私たちの身近にいて、ときにユーモラスに、またある時は神秘的に、日本人の心の中で語り継がれてきました。小さな体に込められた命の強さ、親子の絆。
民話の中に登場するカニたちは、私たちが自然とどう向き合い、どう大切にしてきたかを教えてくれているようです。
今度、川や磯でカニを見かけたら、ちょっと昔話を思い出して、そっとその姿に敬意を払ってみてください。
きっと、もっと深くカニという生き物を好きになれるはずです。
(サカナトライター:halハルカ)
参考文献
ヘイケガニの赤ちゃんを展示します!-市立しものせき水族館 海響館