筆者は学生時代、大学の調査船で流し網にかかったヨシキリザメをカゴに回収する作業をしたことがあります。
軍手をして触れましたが、作業後に洗ったはずの軍手からは時間が経つほどツーンと鼻につく刺激臭がしました。
実はこの“サメ臭”は、サメの生理と化学反応が生み出したものなのです。
軟骨魚類の「尿素戦略」が刺激臭の原因
魚は、周囲の水との浸透圧の差に常にさらされています。
海水魚は体の水が奪われ続けるため、海水を飲んで塩分を排出します。一方、淡水魚は逆に水が入りすぎるため、大量の薄い尿を出して体を守っています。
しかしサメやエイなど軟骨魚類はまったく異なる戦略をとります。
ツマグロ(提供:PhotoAC)軟骨魚類では、タンパク質を分解して生じる有毒なアンモニアを無害な尿素に変えて体内に蓄え、体液の浸透圧を海水とほぼ同じに保ちます。
この「尿素戦略」が、のちに放つ強烈な臭いの根本原因です。
死にかけのサメで起こる尿素の化学反応
とはいえ、健康なサメはそれほど臭いません。
ですが、網にかかって弱ると、体表の粘液や体液が増え、尿素が外へ滲み出やすくなるのです。
網にかかったサメ(提供:PhotoAC)付着した尿素は、酵素や体表の細菌、pH変化によって急速に分解され、アンモニアへと変わります。
このアンモニアが刺激臭の正体です。
特に臭いやすい「ヨシキリザメ」
ヨシキリザメは、世界中の暖かい海を長距離回遊する“高速遊泳型のサメ”で、代謝が高い種です。
高速回遊性のサメは一般に尿素保持能力が高く、体内の尿素濃度も高い傾向があります。つまり、分解される尿素が多い=発生するアンモニアも多くなります。
ヨシキリザメと同じく回遊型のホホジロザメ(提供:PhotoAC)さらに弱った個体では粘液や体液が一気に出るため、布類に付着すると分解反応が止まらず、臭いが時間とともに強まります。
冒頭で触れた学生時代の話では、まさに軍手が“アンモニア製造装置”になっていたということ。サメを触った軍手の再利用は諦めたほうがよさそうです。
なお素手で触った場合も臭いはつきますが、皮膚は繊維のように吸着しないため、石けんで洗えば落ちます。
酸性の洗剤(クエン酸・レモン汁など)を使用しアンモニアを中和したり、アルコールを使用し粘液の油分を溶かしたり、脂質+タンパク質汚れに強い食器用洗剤を使って手を洗う、といった方法が効果的。サメの刺激臭に困ったら、これらを試してみてくださいね。
サメ臭は進化の名残
サメを触ったあとに刺激臭がするのは、サメの生理(尿素)と弱った状態(分泌物)と化学反応(アンモニア化)が重なって起こる現象と言えます。
つまり“サメ臭”は、サメが海で生き抜くために体内に抱え込んできた仕組みが、弱ったときに思わぬ形で表にあふれ出たものなのです。
海という環境に適応してきた進化の名残が、匂いとなって立ち上がってくるとは不思議ですね。
(サカナトライター:Polo the rat)