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コラム

水槽に夢中になれる“ひとり水族館”のすすめ ─4つの青い記憶─【連載:わたしと水族館】

水族館は、不思議な場所です。同じ水槽を見ていても、そこに映るものは人それぞれ。魚の姿に心を奪われる人もいれば、静かな時間に安らぎを感じる人もいます。研究の対象として向き合う人、仕事の現場として日々関わる人にとっては、また違った景色が見えていることでしょう。連載「わたしと水族館」では、さまざまな立場の書き手のみなさんに、水族館にまつわるエッセイを寄せていただきます。今回は、歌人・エッセイストの花浜紫檀さんにご寄稿いただきました。

生き方に悩んだときや、ぼーっとしたいとき、わたしはよくひとりで水族館に行く。水族館にはたくさんの家族連れやカップルがいて、ひとりで行くのはなんだか気が引けると思う人もいるかもしれない。わたしも、久しぶりに「ひとり水族館」を決行するときは少し緊張する。でも、一度足を踏み入れてしまえばどうってことない。誰も自分のことなんて気にしていない安心感が湧いてくる。

一年中過ごしやすい気温が保たれた館内に、幻想的なライティング、そして大きなアクリル水槽の中にいるいきものたち。目の前の空間に夢中になれば、周りの人が誰と来ているのか、ひとりなのかなんて全くどうでもよいのだ。

ひとつの水槽を見ず知らずの人と譲り合いながら眺めているときはなんとなく仲間意識のようなものが芽生え、この距離感もまた心地が良い。

そして、ひとりで過ごす最大のメリットはなんといっても自由度の高さだろう。解説文をじっくり読んでみたり、疲れたらベンチで休憩したり、お気に入りの水槽まで引き返したり。

こんな風に自分の欲求へ耳を傾けながら行動していると、思考のモヤモヤが不思議と緩和されてゆくのだ。

今回は、そんな「ひとり水族館」に関する個人的な記憶と結びついている4つの水族館を振り返ろうと思う。

最終面接と宮島水族館

宮島水族館はその名の通り、世界遺産と日本三大百景の島として有名な宮島にある水族館だ。

わたしは生まれも育ちも神奈川で、宮島水族館を訪れた当時から現在までずっと神奈川に住んでいる。

では、なぜ瀬戸内海に浮かぶ宮島へひとりで行くことになったのかというと、一番のきっかけは就職活動における最終面接だった。

大学4年の6月下旬、わたしにはまだ内定がひとつもなかった。リクルートスーツのジャケットを羽織るには暑すぎる気温に、焦りは加速するばかりだった。

そんな中、なんとかこぎつけた最終面接。面接を受けるため、本社に呼ばれた。その本社が広島県にあり、やむなくひとりで広島へ向かうことに。せっかくの遠出だったので、面接のあと宮島観光をしてから帰ろうと決めたのだ。

観光客の人だかりを抜け、本当にこの道で合っているのだろうか……とやや不安を覚えながら細い道を歩いていると案外すぐに到着した。

宮島水族館の入り口(撮影:花浜紫檀/撮影場所:宮島水族館)

館内の人はまばらで、なんだか急にほっとする。初めて訪れる水族館なのにどこか懐かしい。

特に印象深いのは、カキいかだを再現した水槽の展示。当時生きたカキを展示している水族館は、ここ宮島水族館だけだった。

カキいかだ(撮影:花浜紫檀/撮影場所:宮島水族館)

ただじっと吊るされているように見えるカキたちはみんな生きている。その事実に、なぜだか勇気づけられるような感覚になった。

順路に沿って進んでいくと、オオサンショウウオのいる水槽に辿り着く。肝心のオオサンショウウオがどこにいるのかわからず、しばらく凝視していると端っこにいるのを発見。

端っこにいるオオサンショウウオ(撮影:花浜紫檀/撮影場所:宮島水族館)

こんなところにいたのか、と思っていると、同じタイミングで水槽を見つめていた老夫婦に「あそこにオオサンショウウオいるよ」と話しかけてもらった。ちょうどわたしも「見えづらいですけど、水槽の端にいますよ」と話しかけるか迷っていたので嬉しかった。

宮島水族館のシンボルでもあるスナメリや、名物のアシカライブも堪能し出口へ向かう。

最終面接の結果はまだわからない。でも、自分のペースでよいのだと、はるばる訪れた土地でいきものたちを見つめ、誰かに言葉で励まされるよりも強く実感したのだった。

あれから時が経ち、当時わたしを勇気づけてくれた宮島水族館は、2026年12月1日から2027年3月31日までリニューアル工事のため休館に入るそうだ。

新しく生まれ変わる宮島水族館に、新しい自分で、また訪れたいと思う。

新江ノ島水族館のおひとりさまイベント

わたしは、江の島を地元と呼んでもギリギリ許される場所に住んでおり(?)、子どもの頃から新江ノ島水族館の年間パスポートを持っている。

その日は、「おひとりさま水族館 ~クラゲに浸る~」というイベントに参加するべく、閉館後の“えのすい”へ向かった。

このイベントの参加条件は、18歳以上・ひとり参加であること。なんてありがたいイベントなんだ。綺麗に整列する大人たちのひとりとして澄まし顔で、でもたしかに胸を躍らせながら入館する。

いつも通り、なんとなく水槽を眺めながら進んでいくと、椅子が均等に並べられた相模湾大水槽の前に到着した。

椅子のある相模湾大水槽(撮影:花浜紫檀/撮影場所:新江ノ島水族館)

椅子があるってこんなに嬉しいんだ。静かで、神聖な感じがして、青い教会みたいだ、と思う。またあとでゆっくり見よう。

この日はクラゲ月間ということで、クラゲショーの上映やクラゲのバックヤード見学、クラゲに触れるタッチプールなどとっておきの企画も盛りだくさんだった。

館内に用意されていたアクリルボールとミズクラゲ(撮影:花浜紫檀/撮影場所:新江ノ島水族館)

わたしは、水族館でクラゲを見るのが大好きだ。

クラゲには脳も心臓もない。つまり思考も痛みもない……のだと思う。そんなクラゲがぷかぷかと水中に浮かんでいる様子を見つめていると、自分もここにいていいんだと思えてくる。

なんというか、もっとシンプルでいいんだよな、と思えるのだ。

えのすいは、世界で初めてクラゲ展示館を開設した施設らしい。強い毒性や魚網を破損させるといった側面から「海の厄介者」だったクラゲは、徐々に「癒しの生物」へと注目されるようになる。

クラゲサイエンス(撮影:花浜紫檀/撮影場所:)

クラゲファンタジーホールで飼育員さんの解説付きのショーを観て、もっとクラゲの学名に注目してみようと思った。

バックヤードでは、厳密に管理されている水流や水温によって、目に見えないほど小さなクラゲたちの命が守られていることに感動した。

初めて触れたキャノンボールジェリーの、意外と硬いハードグミのような感触は忘れられない。

他にも、ゆっくりお休み中の色々ないきものを見て、最後はまた相模湾大水槽の前でぼんやりと海に浸った。

えのすいを後にし、夜の江の島を歩く。ひとりで感じる潮風は追い風でも向かい風でもないような気がして、それがなんだか清々しかった。

名古屋港水族館で自分を見つめる

名古屋港水族館には、好きなバンドのライブのために名古屋へ来た翌日、ひとりで向かった。ライブの余韻と憧れの水族館。しみじみと嬉しい。

ちなみに、ライブも基本的にひとりで行くことが多い。わたしは普段、人からどう思われているのかとか、今日の自分のあの発言は良くなかったかなとか、わりと気にしてしまう性格なので、そういう反省会をしなくて済むひとり行動が落ち着くのかもしれない。

北館から入ってすぐ、「日本の海」というエリアに迎えられる。このエリアは、シャチやバンドウイルカ、カマイルカといった海獣類の展示がメインだ。その空間のスケールの大きさに感動し、入場早々に来てよかったと脳内でガッツポーズをした。

名古屋港水族館 「日本の海」エリア(撮影:花浜紫檀/撮影場所:名古屋港水族館)

床や壁に波の模様の光が反射し、ゆらゆら揺れる様子に見惚れる。

シャチは移動中だったようで水槽にはいなかったが、優雅に泳ぐイルカたちの仲の良さに思わず笑みがこぼれた。

優雅に泳ぐイルカたち(撮影:花浜紫檀/撮影場所:名古屋港水族館)

すぐそばには「オーロラの海」というエリアがあり、のんびり泳ぐベルーガに会えた。ぽってりとしたフォルムがかわいい。微笑んでいるような表情もかわいい。

メインプールでは、先ほど水槽にいなかったシャチの公開トレーニングを見ることができた。

公開トレーニング中のシャチ(撮影:花浜紫檀/撮影場所:名古屋港水族館)

こちらに決めポーズを披露してくれているのは、シャチのアース君。想像以上の迫力に息を呑む。まさに海の王者という呼び名が相応しいいきものだと思う。

そんなアース君は2025年8月、腸捻転により亡くなってしまった。彼との一度きりの出会いに感謝を伝えたい。彼の骨は、名古屋港水族館で標本として残す予定があるそうだ。また、彼に会いに行きたい。

南館では、ウミガメやクラゲ、サンゴ礁大水槽など北館とは異なる魅力を味わった。

念願であったエンペラーペンギンを初めて見ることもできた。

エンペラーペンギン(撮影:花浜紫檀/撮影場所:名古屋港水族館)

人がペンギンと聞いてまず想像する姿は、このエンペラーペンギンだと思う。わたしが勝手に思っているだけだろうか。“The ペンギン”という姿が愛らしい。

自分の中の観念であった“The ペンギン”の実体を観測できた喜びは大きかった。

ひとりでライブへ行き、ひとりで広大な水族館を巡り、自分はちっぽけだと思う。自分のちっぽけさを実感するのは、日々を生きるうえで大事な要素のひとつだと感じている。

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