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コラム

水族館で“調べるということ” ─海獣研究の日々─【連載:わたしと水族館】

水族館は、不思議な場所です。同じ水槽を見ていても、そこに映るものは人それぞれ。魚の姿に心を奪われる人もいれば、静かな時間に安らぎを感じる人もいます。研究の対象として向き合う人、仕事の現場として日々関わる人にとっては、また違った景色が見えていることでしょう。連載「わたしと水族館」では、さまざまな立場の書き手のみなさんに、水族館にまつわるエッセイを寄せていただきます。今回は、海獣研究の第一人者である村山司さんにご寄稿いただきました。

たいていの人が水族館に行くのは「楽しむため」である。

水族館にいる生き物たちはきれいな姿・かたちをしているものも多く、訪れる人の目を楽しませてくれる。また、サカナたちが優雅に水槽内を泳ぎまわる姿は涼しげで見る人の憩いのひと時でもある。めったに見られない生き物に出会えるのも楽しみの一つだし、釣りで釣ったサカナが間近で泳ぐ姿はなんだか不思議な感じもする。

最近は、昔のように水槽を並べて生物を展示する「汽車窓式」水槽というのは少なくなり、全面ガラス張りの超大型水槽があったり、おしゃれな形の水槽や造作があったりと、近代的な園館も多くなり、ますます水族館が楽しい場となっている。冷暖房完備というのもありがたい。

私もよく水族館に通っている。お相手は海棲哺乳類、「海獣類」とも呼ばれる動物たち。もうかれこれ30年以上にもなる。さぞやイルカやシャチが好きなんだろうと思われそうだが、「子どものころに両親に水族館に連れていってもらってイルカが好きになった」とかいうことではない。東北の内陸で生まれた私にとって、水族館はまったく縁遠い場所だった。

そうではなく、私は水族館に「研究をしに」行っている。きっかけは高校時代にふとテレビで見た「イルカの日」という映画。

そこでは研究者らしき人がイルカにヒトのことばを教え、イルカと会話している。まだ10代半ばの多感な頃、「そうか、研究すればイルカと話ができるのか」と簡単に感化され、研究の道へ入ることを決めた。「イルカと話す」こと、それが一生の夢になった。

バンドウイルカの正面顔(提供:村山司)

しかし、研究するにせよ、そもそもイルカってどこにいるのか、研究はどこでしたらいいのか。海にいることは知っていても海水浴で見たこともないし、どこにも売ってもいない。また、もし手に入っても自宅のお風呂では飼えない。どうしよう…

そうだ、水族館にいる、水族館でやろう!

水族館との出会いはこうして始まった。

水族館で”研究する”こと

研究の対象はイルカやシャチなどの鯨類のほか、アザラシやセイウチ、ジュゴン、ラッコ、ホッキョクグマ、ペンギン、最近はコツメカワウソまで手を広げている。

ゴマフアザラシの弁別実験(提供:村山司/撮影場所:静岡市立日本平動物園)

これらの動物たちには海棲哺乳類とは言えないものもいる。でもそんなかたいことを言っていたら研究はできないし、第一つまらない。水族館にいればみな海獣…それが私の「海獣研究」。そのくらいのつもりでやると研究も楽しい。

研究の内容は、簡単にいうと彼らの知能を調べ、ヒトのことばを教えている。そう、上述した「イルカの日」を見て抱いた夢をこの齢になっても本気で続けている。

一方、水族館に行って動物の前でじっと眺めていると、「あれ?なんだろう」「どうしてだろう」…次々と疑問が浮かんでくる。

「じゃあ、それを調べるにはどうしよう、何をしよう」

どんどん考えが深くなっていく。実はそれは一番楽しい瞬間でもある。疑問を見つけたことがうれしいのだ。

だから、もし水族館で何か研究したいと思ったら、まずはじっくり動物を眺めてみたらいい。なにか「あれ?」ということが浮かんできたら素質あり、しめたもの。逆に、じっと眺めても何も浮かんでこなかったら、まだまだ意欲が足りないか、もしかしたらそういう道に向いてないということかもしれない。

これは海獣の研究に限った話ではなく、サカナでも、イカでも、クラゲでもなんでも同じ。海の生き物は謎だらけ、ふしぎでいっぱいなのだ。

イルカで何を調べるか

さて、実際の研究方法は水族館の訓練方法を応用して動物たちに何かを選ばせたり、行動させたりしている。そうして彼らがどのくらい賢いかを調べることができる。

ターゲットにタッチするシャチ(提供:村山司/撮影場所:鴨川シーワールド)

ヒトのことばを教えるのも同じ。動物に訓練して一つ一つ進めていく。

でも、動物にヒトのことばを教えるにはどうしたらいいのだろう。

思いついたのが、ヒトが語学を覚えるのと同じ方法を用いればいいということ。学校で初めて英語を習ったときどうしたかというと、まず「単語」を覚えたはず。単語を知らないと会話にならない。だから、イルカにもそこから教えていけばいい。

でも話はそう簡単ではない。私たちが英語やドイツ語を覚えられるのは、ヒトがヒトに教えるから。はたしてイルカでもそうなんだろうか…。そこでイルカにヒトの教え方が通じるかを確かめるために、ヒトと同じふうに物がみえたり、考えたりできるかを確かめることから始めた。

眼の見え方(視力や視軸、錯視ほか)、形や大きさの認識、数、色、それから解釈の仕方…いろいろ試してみた。

こういう場合、1個体のイルカでこれだけのことを調べるのはたいへんだ。そんなことをしていたら一生かかっても終わらない。なので、いくつかの個体に分担して調べていくことにした。個体を分担するということはそれだけいろいろな水族館で実験するということでもある。

そうしていろんな水族館とつながりもできたが、また、迷惑もかけてきた。

「海のイルカではできないの?」

そんな疑問もありそうだが、それは無理。海のイルカでは訓練ができないし、何より私は船酔いがひどい。海で研究なんて思いもしない。

さて、いろんな園館で実験をしていくうちに、実はこちらの興味もどんどん広がっていった。

研究は決してことばの研究のためだけにするのではなく(それではおもしろくなさすぎるので)、そもそもイルカの知的能力ってどうなっているのか、それを知ることもたいせつだ。

次々と「じゃあこれは?」と思い始め、結果、いろんな動物に手が広がっていった。イルカにことばを教える研究のはずが、いつのまにかもっと海獣の知性を知りたい研究になっている。

こうした研究の結果、海獣たちはヒトと同じように錯覚するし、数もわかる。ものの順序も理解できれば「三段論法」のような考え方もできる。

どうやら動物にはヒトと共通した特性や能力がたくさんあるらしい。

トレーナーはたいへん

ところで、こうして文字で書くとなんだか実験とは簡単なことのように見えるが、実はこういう研究の訓練は水族館にとってはたいへんな負担になることばかりである。

訓練や実験で実際に動物を動かすのはトレーナーの方々である。それは、素人が変に動物を動かしてイルカがおかしな動きを学習してしまったらパフォーマンスに影響が出るかも知れないし、また、イルカの動きや性格をよく知っているトレーナーが動かしたほうがイルカの負担も小さいからである。

しかし、訓練は何カ月もかかるし、正しいことをしたらエサを与えて強化していくだけ。つまりひたすらほめることでイルカに難しいことをさせていく。考えたら結構たいへんなことである。

こうしたことは、それがどんなに世界的にすごい研究だと言っても、水族館にとってはそれができたからと言ってお客さんが倍増するわけでも、トレーナーの方々の給料が増えるわけでもない。すなわち、彼らの仕事を増やす以外の何物でもない。そのことは研究をお願いする立場として、ずっと、そして常に胸に刻んでおかなければならない。

でも、トレーナーの方々にも実験に興味を持ってくれる人は多い。訓練しながらだんだん成果が出ていくのがうれしいのは研究者だけでなく、実際に訓練してくれているトレーナーの方々も同じである。
トレーナーの皆さんからは実験しながら動物についてこちらが知らなかったことをたくさん教えてもらったし、また、私が机上であれこれ考えたことより「こうしたほうが早いですよ、こうしたほうが動物にはわかりやすいですよ」といったアドバイスは的確で、頼りになる。

トレーナーの方にとっても「こんなことができるのか、こんな能力があるのか」と初めて知ることは多く、それが飼育にも役に立っていく。

こうだから、最後は研究者もトレーナーも全員が一体となって一喜一憂しながらの大研究となる。研究がますます楽しいものになっていく。

動物の一面

水族館で海獣相手に研究していると、動物について思いがけないことを知ることも少なくない。

ヒトの顔色をうかがうイルカもいれば、簡単なことを続けているとやがて飽きてくることもある。同じようなことをくり返していると飽きるのはヒトもイルカも同じ。でも、実験の性格上、どんなに単純なことでも「これはできる」というデータを取らなければならないことがあり、簡単なこと・同じことの繰り返しでもイルカにはやってもらわないと困る。

そういう時はトレーナーとイルカの我慢比べ。あちこち走り回りながら実験場所を変えて実験したり、途中に気晴らしの動作(鳴かせたり、回転させたりといったこと)をはさんだりと、イルカの機嫌を取りつつ、あれやこれやとくふうしてくれる。

また、何かを選ばせるという実験では、実験の内容上、何を選んでもエサをあげないということがある。しかし、それを続けていくと、賢いイルカたちのこと、どういう場合にエサをもらえないのかということに気づいてくる。

でも、「選ぶ」という使命感はあるから、わざとこちらに水をかけるくらいの勢いで泳いできて「どうせエサくれないんでしょ!」という様子でターゲットにタッチにしていく。

そう、イルカもひらき直るのだ。

イルカと心は通じるか

イルカたちと一緒にいるとたまに目が合うことがある。

ジロッ!

明らかにこっちを「見ている」のがわかる。何を考えているのだろう。

「イルカと話す」ことを志して、はや50年。そして実際にその研究に着手してから30年余になるが、ナックというシロイルカを相手にずっとことばの研究をしてきた。

言語理解の実験をするシロイルカ「ナック」(提供:村山司/撮影場所:鴨川シーワールド)

「もう村山さんはナックとは以心伝心ですね」

とよく言われるので、私もそう思っていた。

でも、ナックに「おいで」といって手を広げても寄ってもこない。あんまり何度もやっていると、顔を半分水に沈めて顎に水をためて、思いっきりかけてくる。こちらはもんどりうって逃げる。怒っているらしい。また、スマホを向けていただけなのに顎を鳴らして威嚇してくるし、手を出すと嚙みそうになる。

「あれれ??」と思っていたら、トレーナーの方から

「あれ?村山さん気づいてないんですか?ナック、村山さんのこと嫌ってますよ」

と言われた。複数のトレーナーの方が言うので、本当にそうらしい。

30年も一緒に実験してきたのに、そうか嫌われてるか。

でも、全然平気。「嫌う」というのもイルカの心のひとつ。エサもあげないし、それどころか実験させてばかりいると、こういう心のつながりもできるのね。これも知的さのひとつ。

でも、これからもまだまだ研究は続くので、そこはよろしくお願いしたい。

むらやま・つかさ●1960年生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(農学)

東海大学海洋学部教授、東海大学海洋学部博物館館長(兼務)を経て2026年よりヤマザキ動物看護大学教授。イルカをはじめとする海獣類の感覚、行動、認知について飼育下の個体を対象として実験的に検証している。著書は「海に還った哺乳類 イルカのふしぎ」(講談社)、「イルカ」(中央公論新社)、「シャチ学」(東海教育研究所)、「イルカと心は通じるか」(新潮社)、ほか多数。

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