身近な生物である普通種。彼らは、幅広い環境を利用できる“ジェネラリスト”であると考えられてきました。
それぞれの環境では“スペシャリスト”に劣るとされるジェネラリスト。近年は細かく特殊化することで、幅広い環境を利用していると考えれています。
しかし、近い場所では「遺伝子流動」によって集団間の違いを保つのは難しいとされてきました。局所的に細かく分化する「微細地理適応」も近年注目されていますが、こうした適応がジェネラリストの広い分布や異なる環境への進出をどう支えているのか謎に包まれていました。
こうした中で、京都大学の渡辺勝敏教授らの研究グループは、関東平野に広く分布するクロダハゼを対象に、異なる環境でどのような形態、行動の違いがあるのか明らかにし、その差異が各地で繰り返し生じたのか遺伝学的データから検証しました。
この研究成果は『Journal of Evolutionary Biology』に掲載されています(論文タイトル:Repeated adaptation of the freshwater goby Rhinogobius kurodai from lotic to lenticenvironments in the Kanto Plain, Japan: morphological, behavioural and genetic approaches)。
普通種における環境への適応
普通種の中には多様な環境に生息する生物もいます。こうした生物たちはジェネラリストと呼ばれ、特定の環境に適応したスペシャリストと対応した存在です。
これまで、ジェネラリストは幅広い環境に適応できる一方、それぞれの環境ではスペシャリストに劣ると考えられてきました。しかし、ジェネラリストが環境ごとに細かく特殊化することで、幅広い環境を利用しているという見方もあるようです。
こうした見方があるものの、近い場所では遺伝的交流によって、集団間の違いを保つのが難しく、特殊化は成立しにくいと考えられてきました。
注目される<微細地理適応>
近年は、遺伝的交流がある小さなスケールでも、局所的に細かな分化が生じる微細地理適応が注目されています。
しかし、このような適応がジェネラリストによる異なる環境への進出や広い分布をどのように支えているのか、詳しいことは謎に包まれていました。
関東平野に広く分布するクロダハゼ
クロダハゼ Rhinogobius kurodai は関東平野に広く分布するヨシノボリ属の淡水魚です。
関東平野(提供:PhotoAC)本種は流水域から止水域にも生息することが知られ、東京都内の公園の池にも生息する身近な種でもあります。
流水域では流されるの防ぐため、吸盤状の腹鰭で川底へ張り付く一方で、止水域ではその必要がありません。
関東平野にはこうした流水域と止水域といった異なる環境が数キロ以内に近接して存在しています。
流水域から止水域への進出
本来のクロダハゼの生息環境は流水域と考えられています。そのため、クロダハゼは各地で流水域から隣接する止水域へ繰り返し進出した可能性が指摘されています。
しかし、形態や行動のみの差異では、各地でそれぞれ止水域に適応したのか、一度適応した集団が広がっていったのか区別することができなかったのです。
こうした中で研究グループは、流水域と止水域でどのような形態、行動の違いがあるのか明らかにし、その差異が各地で繰り返し生じたのか遺伝学的データから検証しました。
多方面から各地のクロダハゼを比較
今回の研究では、関東平野の9水景17地点から合計195個体のクロダハゼが採集され、これらについて形態・行動・遺伝の視点から比較が行われました。
形態については腹鰭の形と体型を測定、行動については深層学習を用いて水槽内で個体の位置を動画で追跡し、張り付き行動が定量化されました。
加えて、MIG-seq法と呼ばれる手法により、ゲノム上の一塩基多型を解析し、集団間の遺伝学的関係や最近の遺伝子流動の程度も推定されています。
張り付き行動の違い
行動の観察の結果では、止水域の個体は流水域の個体と比較して腹鰭が細長いこと、中層と上層を多く利用し張り付き行動が少ないことが明らかになっています。
これは止水域においては水流に抵抗する必要がないこと、水中を泳ぎながらプランクトンを摂食する生態と関係があると考えられているようです。
さらに、止水域ではクロダハゼの体型のばらつきが地点間で大きくなっていることが判明。
これは、水流に抗う制約がなくなった一方、止水域の広さ、餌、捕食者といったクロダハゼを取り巻く環境が、生息地ごとに多様であることを反映している可能性があるといいます。
遺伝的な近縁性は地理的な近さを反映
遺伝的な近縁性を調べた結果では、生息環境ではなく主に地理的な近さを反映していたことも判明。近接する流水域と止水域の集団間には遺伝子流動も認められています。
それにも関わらず、腹鰭の形や行動は地理的・遺伝的な近さよりも生息環境によく対応していたようです。
これらの結果から、クロダハゼにおける止水域への適応は、関東平野の各地で何度も生じていたと考えられています。
ジェネラリストが異なる環境へ進出する際、小さな空間スケールでの細かな適応がその進出を支え、広い分布の形成に繋がる可能性が示されたのです。
止水域へ繰り返し独立して適応
今回の研究によって、クロダハゼは流水域と止水域で、それぞれの環境に適応した形質を示す一方、遺伝的なまとまりは地理的な近さを反映していること、流水域と止水域の集団に遺伝子流動があることが明らかになりました。
これらの結果は、クロダハゼが関東平野で流水域と止水域への進出を繰り返し独立して起きたことを示しています。
一方、今回見出された形態や行動の違いが遺伝的な変化か、表現型可塑性なのかは不明。今後、異なる環境間での移植実験やゲノム解析をおこなうことで、その生存・繁殖上の効果を検証する必要があるとしています。
(サカナト編集部)